「デルツバッハ」の版間の差分

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ライバッハ地区の高台に、ラックニッツ男爵の城砦がある。かつての(盗賊騎士の)堅城は、[[1621年]]にエアハルト・フォン・ムゲンタールにより帝国領主の所領となり、[[ルネサンス建築|ルネサンス様式]]の新しい建物に建て替えられた。
 
メスバッハ地区には、[[1776年]]に建てられた、すばらしい天井画を持つ[[ロココ]]教会を備えたパルム男爵の城館がある。この城は4階建ての長方形の建築で四隅にそれぞれ[[ドーム|丸屋根]]の円塔がある。この城館はおそらく1750年以前の建築であるが、後年のアイプ家の時代になってやっと完成した。
[[Image:Jagstbruecke Doerzbach-Hohebach von Sueden 20070624 1.jpg|right|220px|thumb|ホーエバッハの石橋]]
ホーエバッハ地区には、小さな男爵の城と、典型的な王の橋が遺されている。堅固な4連アーチの石橋は、[[1808年]]から[[1810年]]にヴュルテンベルク王[[フリードリヒ1世 (ヴュルテンベルク王)|フリードリヒ1世]]の命令によりアウグスト・フォン・ドゥッテンホーファーが建設した。この橋は、[[ナポレオン・ボナパルト|ナポレオン]]にとってホーエンローエ地方北部獲得のための戦略的意義と、その地方とシュヴェービッシュ地方の中心部とを結ぶ交通システムとしての意義があった。橋の中央の石柱には、ローマ数字の "MDCCCX" (1810年)、王の頭文字FRとその紋章が掲げられている。カール・ユリウス・ヴェーバーに『ヴュルテンベルク王国で最も美しい橋』と讃えられた。第二次世界大戦の終わりに、橋の北側のアーチが破壊されたが、1947年に再建された。1996年から1998年まで、現在の連邦道B19号線がこの橋の上を通っており、良好な状態に維持管理され、拡張された。