「松田聖子」の版間の差分

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== 概要 ==
=== 1980年代を代表するもたらしたアイドル ===
松田聖子は[[1980年代]]を代表する[[アイドル]]歌手の一人であった。[[1970年代]]を代表するアイドルだった[[山口百恵]]が引退すると交代するようにデビュー、間もなくヒット曲を連発しただけではななく、髪型や生き方(良悪意味で)話題となった。[[大宅壮一文庫]]創設以来の人名索引総合ランキングでは「松田聖子」が1位(2007年2月)となっており、「雑誌にもっとも頻繁に登場した著名人」とされている。(参考:2位「[[長嶋茂雄]]」3位「[[田中角栄]]」4位「[[三浦百恵]]」5位「[[徳仁親王|皇太子(浩宮)]]」12位「[[中森明菜]]」)。
 
=== アイドル歌手としての松田聖子 ===
 
=== 音楽家としての松田聖子 ===
1990年代に入ると、作詞、作曲やアルバムのプロデュースにも自ら取り組むようになり、アイドル歌手ではなく、いわゆる「アーティスト」としての活動を展開してゆく。幼少時からピアノを習うなど、もともと音楽家としての基礎的な訓練を受けていた{{要出典|自著「聖子」p49の中で「ピアノは小学校入学前にやめてしまった」とあります|date=2008年2月}}ことが、彼女の1990年代以降の活動の下地となったと思われる。作詞、作曲に関してはアイドル時代から手がけており、アルバム「ユートピア」では「小さなラブソング」を作詞、アルバム「Canary」で同名曲を作曲したのをはじめ、「とんがり屋根の花屋さん」「時間旅行」などの佳曲をものにしている。
 
1990年代のアルバム『1992 ヌーベルバーグ』から『FOREVER』までの6枚はセルフ・プロデュース、全曲作詞作曲が基本となり、シングル曲でも「[[きっと、また逢える…]]」「[[大切なあなた]]」「[[輝いた季節へ旅立とう]]」などをヒットさせる。特に、[[1996年]]発表の「[[あなたに逢いたくて〜Missing You〜/明日へと駆け出してゆこう|あなたに逢いたくて〜Missing You〜]]」は、彼女自身シングルで初めて[[ミリオンセラー]](100万枚突破)を記録、現時点で最大のヒット曲となった。また、この時期には「[[私だけの天使〜Angel〜/あなたのその胸に]]」([[1997年]])など、長女への母性愛をテーマとした楽曲もいくつか発表している。
2007年4月9日、「松田聖子的生き方」とそれに共感する同世代の女性たちに焦点を当てたドキュメンタリー番組、[[NHKスペシャル]]「松田聖子 女性の時代の物語」が放送され(視聴率は9.3%:ビデオリサーチ調べ)、放送後も[[朝日新聞]]の[[天声人語]](4月15日付)にも取り上げられるなど話題を呼んだ。同番組によれば、現在ファンの中心となっているのは「雇用機会均等法」世代の30代〜40代の女性であり、女性ファンの多さは「松田聖子的生き方」に共感する者が増えたためであると考えられている。
 
===アンチ松田聖子===
一方で上記に続き1960年代生まれ以外の世代には[[アンチ]]が多く、嫌いな女性著名人の[[アンケート]]で上位になることも多かった。[[SPA!]]では1998年度の男が許せない女1位[[週刊文春]]で2005年度「女が選ぶ嫌いな女」5位(「勝手なことばかりしている」との言い訳)となった。原因も年齢によるヒット曲のなさによる誰かの踏み台にしての脚光だという見方がある
 
== 略歴 ==
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