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'''ハンス・グラーフ'''('''''Hans Graf''''', [[1949年]][[2月15日]] [[マルヒトレンク]] - )は[[オーストリア]]の[[指揮者]]。[[ワイン]]通としても名高い<ref>{{cite news | author=Shelby Hodge | title=Houston Symphony League toasts the maestro | url=http://www.chron.com/disp/story.mpl/life/society/3918642.html | work=Houston Chronicle | date=1 June 2006 | accessdate=2007-08-14}}</ref>。
 
[[リンツ・ブルックナー管弦楽団]]のヴァイオリン奏者である父親から音楽の手ほどきを受け、少年時代から[[ヴァイオリン]]と[[ピアノ]]を学んだ後、[[1971年]]に[[グラーツ]]音楽高等学校に入学。卒業証書を得てピアノ科と指揮科を修了。引き続き[[シエナ]]で[[フランコ・フェラーラ]]に、[[ボローニャ]]で[[セルジュ・チェリビダッケ]]に、[[サンクトペテルブルク|レニングラード]]で[[アルヴィド・ヤンソンス]]の薫陶を受ける。[[1979年]]に[[ザルツブルク]]・[[カール・ベーム]]・コンクールにて首位を獲得。
 
[[1981年]]に[[ウィーン国立歌劇場]]にデビューしたのを皮切りに、[[ベルリン]]、[[ミュンヘン]]、[[パリ]]でオペラ指揮者として招待される。国際的な活躍が急速に広がると、たとえば[[ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団]]、[[ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団]]、[[フランス国立管弦楽団]]、[[ロンドン交響楽団]]、[[イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団]]、[[NHK交響楽団]]など、欧米や[[アジア]]で屈指の[[オーケストラ]]を訪れて指揮するようになり、また[[ザルツブルク音楽祭]]や[[ブレゲンツ音楽祭]]、[[エクサンプロヴァンス音楽祭]]、[[サヴォンリンナ]]、[[タングルウッド音楽祭]]、[[プラハの春]]、[[ニューヨーク]]・[[モーストリー・モーツァルト]]、[[フィレンツェ5月音楽祭]]などにも参加している。