「谷村新司」の版間の差分

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* [[175R]]や[[Gackt]]、[[TRICERATOPS]]ら若手ミュージシャンとの交流も積極的。[[デーモン小暮閣下]]が谷村のコンサートにゲスト出演したこともある。また、[[1993年]]のコンサート『THE MAN』のバック・メンバーの中には、元[[爆風スランプ]]のベーシスト[[江川ほーじん]]がいた。[[2002年]]のアルバム『半空』には、[[坂崎幸之助]]や[[鈴木康博]]といった旧友に混じって、元[[MR.BIG]]のギタリスト[[ポール・ギルバート]]が参加している。
* 『昴』や『群青』『三都物語』といったシングル曲のイメージからか、CDが演歌のコーナーに置かれることも多いが、過激なまでに新たな試みに挑戦し続ける姿勢はロックそのものであり、そのスピリットはアルバムの収録曲にも十分に現われている。アジアでのコンサート活動や、ディナーショーを始めた時も理解者は少なく、嘲笑や批判の声が多かった。しかし現在では、日本のロック、ポップス系アーティストのアジアでの活動や、ディナーショーも、普通の事としてすっかり定着してしまっている。こういった活動のパイオニアとしても、谷村新司はもっと評価されるべきだろう。
* 『いい日旅立ち』『三都物語』『いい日旅立ち・西へ』『風の暦』など[[JR西日本]]等の鉄道のCMで谷村の歌が頻繁に使われているため、[[鉄道ファン]]からの人気も高い。中には谷村の声を聞くだけでJR西日本の車両を連想する鉄道ファンもいる。
* コンサートのクオリティの高さには定評があるが、[[2003年]]を最後にコンサート・ツアーを一旦休止。
* [[2004年]]からは[[中華人民共和国|中国]]・[[上海音楽学院]]で教授を務めている。同年、中国の歌手[[毛寧]]のアルバム『我』をプロデュース。