「フライング・スコッツマン」の版間の差分

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== 戦前 ==
ロンドンとエディンバラを走る線路のうち、[[イースト・コースト本線(East Coast Main Line:ECML)]]の所要時間は並行する鉄道会社とのサービス競争の中で短縮され、[[1888年]]には初めて7時間27分で結ぶことに成功した(のち、安全確保のため延長される)。
 
[[1923年]]、イギリスの数多の鉄道会社は4大私鉄会社( ("Big Four") に統合された。統合により誕生した[[ロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道(London&North]] Eastern(LNER) Railways:LNER)は同じ年、ロンドン・エディンバラ間をノンストップで走ることの出来る[[蒸気機関車]]「'''[[LNERクラスA1/A3蒸気機関車|クラス A1]]'''(LNER class A1)」を製造し、この機関車がフライング・スコッツマンの代名詞となった。
 
クラスA3は当時のLNER技術責任者の[[ナイジェル・グレズリー]]が、GNR時代に設計したクラスA1を基本とし、ボイラー圧力の変更等を加えて設計し、ドンカスター鉄道工場(Doncaster (Doncaster railway works)works) で建造された。全長21.6メートル、高さ4メートル、重量159トン、3つのシリンダーを備え、最高速度は時速177キロ。
 
[[1928年]]5月1日、クラスA3の牽引するフライング・スコッツマンはロンドン・エディンバラ間のノンストップ便となった。カクテルバー、映写室、女性・男性専用化粧室などが設置され、当時としては最先端のサービスが提供されていた。ノンストップ運転の技術的な問題として機関車への給水と乗務員の交代の二点がある。
給水に関してはレールの間に水路を設置し、機関車から走行中に「吸水」するという方法により解決した(給水問題の解決については、イギリスの他にアメリカでも同様の方法が使われ。日本では「[[つばめ (列車)#1930~1943年 東海道本線特急「燕」(超特急)|燕]]」のノンストップ運転の際に問題となり、水路からの吸水も検討されたが、[[国鉄ミキ20形貨車|水槽車]]の増結にとどまった)。また、乗務員の交代に関しては、コリドー・テンダーと呼ばれる、客車から運転室までの通路付きの炭水車を導入することで解決した。
 
フライング・スコッツマンは[[第二次世界大戦]]中,ドイツの[[爆撃機]]や[[V1飛行爆弾|V-1]]・[[V2ロケット|V-2]]が飛来する最中でも、キングズクロスを午前10時に出発し続けた。
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