「弘忍」の版間の差分

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|諡号=大満禅師
|尊称=禅宗第五祖
|生地=黄梅県([[湖北省]])
|没地=
|画像=
|説明文=
|宗派=[[禅宗]]
|寺院=憑茂山(東山)
|師=[[道信]]
|弟子=[[神秀]]、[[慧能]]
|著作=
}}
黄梅県([[湖北省]])出身(『[[宋高僧伝]]』では、或いは淮左潯陽([[江西省]])の出身という)で、俗姓は周。
 
== 生涯 ==
若年で出家し、12歳(『[[楞伽師資記]]』では7歳)で東山の四祖[[道信]]の弟子となり、後に黄梅県の憑茂山(東山)に住して化導に専心し、中国禅宗の本流となる'''[[東山法門]]'''を発展させ、中国禅宗発展の下地を作った。『[[続高僧伝]]』にも既に、師の道信の墓塔を造った弟子として、その名が見える。『[[伝法宝紀]]』や『[[楞伽人法志]]』による限りでは、弘忍は道信の下で肉体労働もした朴訥な人柄であり、文記を出す事がなかったといわれるが、彼の説とされる『[[修心要論]]』があり、晩年には国都の多くの貴顕が帰依したと伝えられる。
 
* 『楞伽師資記』
 
{{Buddhism-stub|くにん}}
 
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[[Category{{DEFAULTSORT:禅僧|くにん]]}}
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[[Category:675年没]]
 
[[en:Hongren]]
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