「近藤真彦」の版間の差分

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[[1980年]][[7月17日]]放送の『[[ばらえてい テレビファソラシド]]』において、[[美空ひばり]]の歌をリハーサルで聴き、それが誰かを知らず、「おばさん、歌うまいね。」と発言。周囲の[[スタッフ]]を凍りつかせる。しかし、当の美空ひばりは「私、今まで面と向かって他人(ひと)から上手いって言われたことがなかったの。」と笑顔で答えた。(共演者の[[小堺一機]]の発言による)
それ以来美空には可愛がられた。
 
[[1989年]]7月に、近藤の自宅マンションにて当時の恋人で歌手の[[中森明菜]]が自殺未遂事件を起こすというスキャンダルに見舞われる。
 
[[2005年]]末にデビュー25周年を迎え、[[ソロ]]としては7年7ヶ月ぶりに新曲「挑戦者」をリリース(楽曲提供[[ロクセンチ]])し、芸能界への復帰を宣言。復帰の第一弾として25周年記念[[ディナーショー]]を開催し、歌手としては約7年ぶりに[[ファン]]の前に姿を現した(鹿児島、東京公演では[[少年隊]]がゲスト出演)。同年以降のジャニーズ年越しライブにもスペシャルゲストとして参加している。[[ジャニーズ事務所]]内では一番の年長者でボス的な存在(生活指導担当)とはいえ、ジャニーズのファン層がもはやマッチが第一線で活躍した時代を知らない人が多数になりつつあることもあり、[[2005年]]以降の年越しライブに参加して歌を歌い、改めて年長者としてのケジメをつけている。さらに[[2006年]][[2月14日]]に[[日本武道館]]で行われた25周年記念コンサートでは、前売りチケットが発売開始後5分で完売。当日のステージでも、約7年のブランクがあったことを感じさせない熱唱ぶりを披露し、[[1980年代|'80年代]]以来のファンを大いに魅了した。また、サプライズゲストとして[[KAT-TUN]]の[[亀梨和也]]が応援に駆けつけた。さらにサプライズとしてアンコールでは報道陣をステージに集結させて記者会見を開いたが、その後マッチ本人の意思による掛け声と共に「ギンギラギンにさりげなく」の楽曲が掛かり、あらゆる報道陣と共に熱唱していた。