「牧野千佐」の版間の差分

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'''牧野 千佐'''(まきの ちさ、生没年不詳)は[[薩摩藩]]主・[[島津重豪]]の[[側室]]。資料によっては「千佐子」とも書かれる。姓は牧野氏。
 
牧野千佐は薩摩藩主・島津重豪や家臣が驚く程の大柄の女性で、酒豪と知られた重豪が圧倒される程の大酒飲みだったと言われ、惚れ込んだ重豪の求めによって[[文化 (元号)|文化]]5年([[1797年]])頃に側室となり、[[黒田長溥]]、[[南部信順]]、[[富姫]](夭折)、[[孝姫]]([[松平定和]]室)、[[桃令院|貢姫]]([[戸沢正令]]室)を生む。
 
生没年は不明であるが、[[明治]]時代初期の動乱期に亡くなったと言われている。
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