「ジョーン・オブ・ナヴァール」の版間の差分

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最初の夫は[[ブルターニュ公]][[ジャン4世 (ブルターニュ公)|ジャン・ド・モンフォール]]であった。ヘンリー・オブ・ボリンブロク(後のヘンリー4世)が[[リチャード2世 (イングランド王)|リチャード2世]]により追放され、ブルターニュに居をかまえたとき、当時公爵夫人だった彼女を見そめたという。
 
1403年、亡夫との間にできた3子[[マリー・ド・ブルターニュ|マリー]]、[[アルチュール・ド・リッシュモン|アルチュール]]らをブルターニュに残し、ヘンリーと結婚した。王との間に子はできなかった。
 
王の没後、妖術に凝ったとして、イングランド南部ペヴンジーに幽閉された。
1437年に亡くなると、[[カンタベリー大聖堂]]に眠る夫のそばに埋葬された。
 
[[Category{{DEFAULTSORT:イングランドの王妃|しよん なうある]]}}
[[Category:エヴルー家|しよん なうあるイングランドの王妃]]
[[Category:1437年没エヴルー家|しよん なうある]]
[[Category:1437年没]]
 
[[de:Johanna von Navarra]]
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