「ハインリヒ・レンツ」の版間の差分

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'''ハインリヒ・レンツ'''('''Heinrich Friedrich Emil Lenz''', [[1804年]][[2月12日]] - [[1865年]][[2月10日]])は、[[1833年]]の[[レンツの法則]]で有名な[[エストニア]]の[[物理学者]]である
 
 
== 人物 ==
現在は[[エストニア]]の都市である[[タルトゥ]]で生まれた。[[タルトゥ大学]]で物理学と化学を学んだ後、1823年から1826年に行われた[[オットー・フォン・コツェブー]]の第3回の世界一周調査に参加し、各地の海水の水質や物理的性質の研究を行った。帰国後[[ロシア帝国|ロシア]]の[[サンクトペテルブルク大学]]で働き、1840年から1863年まで数学と物理学の学部長となった。
 
[[1833年]]、「磁界の変化によってコイルに発生する起電力はコイルを貫く磁力線の変化に比例し、発生する電流の向きは磁力線の変化を妨げるような向きとなる」という[[レンツの法則]]を発見し、1842年に[[ジュールの法則]]を[[ジェームズ・プレスコット・ジュール|ジュール]]とは別に発見した。
{{DEFAULTSORT:れんつ はいんりひ}}
[[Category:エストニアの物理学者]]
[[Category:バルト・ドイツ人]]
[[Category:1804年生]]
[[Category:1865年没]]
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