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# 土器の混和材として川の(極くまれに海の)貝を用いていること。
# 西は[[ロッキー山脈]]、北は[[五大湖]]、南は[[メキシコ湾]]、東は[[大西洋]]まで交易の範囲が拡がっていること。
# [[イングランド]]における[[古代ローマ]]以後、統一以前の種族に様々な点で比較できる社会構造における首長制国家(首長により治められる社会構造、 チーフダム、[[:en:chiefdom]] )あるいは複雑な構造をもつさまざまな首長制国家形態の発展。
# 制度化された社会的不平等の発展。
# 少数もしくは一人の手に、政治的および宗教的支配権力の組み合わせの集中化。
* [[カド]]:有史および現代のカド先住民族は少なくとも一つのミシシッピ文化の首長制国家から派生したと知られており、現在の[[ルイジアナ州]]ナチトチェスと[[テキサス州]]ナコグドチェスに主要な首長制国家の祭祀センターがあった。
* [[カホキア]]:[[イリノイ州]][[イーストセントルイス]]近くにあった、12世紀から13世紀頃の政治・宗教の中心地。カホキアはおそらく最初の、そして確実に最大で最も影響力あるミシシッピ文化の祭祀センターであった。[[世界遺産]]に指定されている。
* イリノイ州[[イーストセントルイス]]:カホキアの西、ミシシッピ州[[セントルイス]]の東にあり、ったこの祭祀センターは現在のイーストセントルイスにあってたり、一部は市道の下にまた裏庭に保存されている。
* [[エトワー]]:別の主要ミシシッピ文化の首長制国家。[[ジョージア州]]にあり、マウンドビル政体の長い敵対者であると信じる者もいる。
* ジョアラ([[:en:Joara]]):ヨーロッパ人が接触したときの[[ノースカロライナ州]]で最大の首長制国家。最も北東のミシシッピ文化の首長制国家群の「首都」であった可能性もある。
* ノデナ遺跡([[:en:Nodena Site|The Nodena Site]]):ノデナは1400年頃から1700年頃の後期ミシシッピ文化の重要な要素、ノデナ期<ref>stageは、考古学用語でとくに段階と訳す必然性がなければ、日本語では「期」と訳すと的確な場合が多い。</ref>の典型的な遺跡。
* パーキン遺跡([[:en:Parkin Archeological State Park|The Parkin Site]])
* ミズーリ州セントルイス:主要なミシシッピ文化の祭祀センター。現在はほとんど全部が破壊されておりいるがかってはセントルイスの中心街にかつてマウンド群があったのでため、セントルイスは「マウンドの市」という渾名がある。
* スパイロ・マウンド([[:en:Spiro Mounds]]):ミシシッピ文化で最も考古学的な研究が進んだ祭祀センターの一つ。[[オクラホマ州]]東部にある。
* タウンクリーク・インディアンマウンド([[:en:Town Creek Indian Mound]]):ノースカロライナ州のミシシッピ文化の首長制国家。一般に歴史的ピーディー族のものとされる。
* ウィクリフマウンド([[:en:Wickliffe mounds]]):ケンタッキー州西部のチーフダム首長制国家
* ウィンタービル遺跡([[:en:Winterville Site]]):ミシシッピ文化ウィンタービル期の典型的な遺跡
 
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