「李承燁 (野球)」の版間の差分

差し戻し。ニュース速報ではないのだから一時的な登録抹消などの記述は不要。それで保護されたのに。
(差し戻し。ニュース速報ではないのだから一時的な登録抹消などの記述は不要。それで保護されたのに。)
背番号を25に変えてプレー。前年に手術した左膝の他に、左肩や左手親指にも炎症を起こすなど故障が多く、2軍降格や7番打者での出場も経験するなど苦しいシーズンとなった。終盤に4番に復帰したものの成績は打率.274・本塁打30・打点74に終わる。[[2007年のセントラル・リーグクライマックスシリーズ|クライマックスシリーズ]]第2ステージでは3試合で3安打を放つも打点は0。同じ3安打でありながらうち2本が本塁打・打点5を記録した[[タイロン・ウッズ]]に大きく差をつけられた。シーズン中の成績不振及び左手親指付け根の手術を理由に翌年のメジャー挑戦を諦めることを決意したとされている<ref>[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2007/08/21/03.html メジャー封印!李スンヨプ来季残留へ]</ref>。またこの手術(10月に実施)のために[[第24回アジア野球選手権大会|北京オリンピック野球アジア地区予選]][[野球大韓民国代表|韓国代表]]入りを辞退した。
;2008年
手術明けが心配されたが、3月の[[北京オリンピック野球世界最終予選]]に出場。7戦で打率4割以上、最高打点となる12打点を叩き出すなど韓国の出場枠獲得に貢献。4月13日、2軍落ち
しかし4月13日、極度の打撃不振により2軍落ちした。
 
== プレースタイル ==
2,580

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