「スターリング・ヘイドン」の版間の差分

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生まれた時の名前はスターリング・レルイエア・ウォルター(Sterling Relyea Walter)だったが、父と死別し、母が再婚したことから、以後継父の姓であるヘイドンを名乗ることになる。銀行のメッセンジャーボーイ、船員、消防士などの職を転々とし、友人の紹介で[[パラマウント]]・ピクチャーズと俳優として契約を結ぶ。デビュー時のキャッチコピーは「映画史上最も美しい男優」だったが、彼自身は映画界に長くとどまるつもりはなかった。
 
[[第二次世界大戦]]が始まると、COI(後の[[Office of Strategic Services|OSS]])に志願して映画界から離れることになる。COIでは偽名を名乗り、[[ユーゴスラビア]]で[[パルチザン]]のゲリラ活動を支援する任務につく。
 
戦後、[[マッカーシズム]]が台頭して[[非米活動委員会]]が結成され、ハリウッドにおける[[共産主義者]]のリストアップを開始すると、大戦中にユーゴスラビアの[[チトー]]など共産主義者たちと交流を持っていたヘイドンにも追及の手が伸びる。ヨットを購入した借金の返済をするために映画界への復帰を願っていたヘイドンは、追及をのがれるために協力的密告者として証言台に立ち、そのことが後の彼の人生に暗い影を落すことになる。
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