「東郷平八郎」の版間の差分

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=== 神格化 ===
[[画像:東郷元帥記念公園.jpg|thumb|right|250px|東郷元帥記念公園(東京都千代田区)]]
死後[[東京都]][[渋谷区]]と[[福岡県]][[宗像郡]][[津屋崎町]](現[[福津市]])に「[[東郷神社]]」が建立され[[神]]として祭られた。但し東郷自身は生前[[乃木神社]]建立の時、将来自身を祭る神社の設立計画を聞いて、止めて欲しいと強く懇願したが、結局神社は建立されている。また銅像が[[長崎県]][[佐世保市]]の旧海軍墓地[[東公園 (佐世保市)|東公園]]と[[鹿児島県]][[鹿児島市]]の多賀山公園にある。東京都[[府中市 (東京都)|府中市]]には別荘地に建立された[[東郷寺]]があり、桜の名所である。
 
晩年において海軍における東郷の権威は絶大で、官制上の権限は無いにもかかわらず軍令・軍政上の大事は東郷にお伺いを立てることが慣例化していた。[[海軍省]]内では[[伏見宮博恭王]][[軍令部総長]]とともに「殿下と神様」と呼ばれ、しばしば軍政上の障碍とみなされた。[[井上成美]]は「東郷さんが平時に口出しすると、いつもよくないことが起きた」と述懐している。また[[岡田啓介]]・[[米内光政]]・[[山本五十六]]なども、東郷の神格化については否定的な態度をとっている。
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