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{{Infobox baseball player
[[画像:Dmitri.jpg|thumb|right|200px|ドミトリー・ヤング]]
|選手名 = ドミトリー・ヤング
 
|英語表記 = Dmitri Young
|所属球団 = ワシントン・ナショナルズ
|背番号 = 21
|選手写真ファイル名 = Dmitri.jpg
|写真サイズ = 300
|写真のコメント =
|国籍 = {{USA}}
|出身地 = [[ミシシッピー州]][[ビックスバーグ (ミシシッピ州)|ビックスバーグ]]
|生年月日 = {{生年月日と年齢|1973|10|11}}
|没年月日 =
|身長 = {{フィートとcm (身長用変換)|6|2}}
|体重 = {{ポンドとkg (体重用変換)|300}}
|利き腕 = 右
|打席 = 両
|守備位置 = [[一塁手]]
|プロ入り年度 = {{by|1991年}}
|ドラフト順位 = 1巡目(全体4位)[[セントルイスカージナルス]]
|初出場 = {{by|1996年}}[[8月29日]]
|最終出場 =
|年俸 = 5,000,000ドル({{by|2008年}})<ref>{{Cite web|url=http://sports.espn.go.com/mlb/teams/salaries?team=was|title=Washington Nationals Salaries - 2008|language=英語|accessdate=6月1日|accessyear=2008年}}</ref>
|経歴 = <nowiki></nowiki>
*[[セントルイス・カージナルス]]({{by|1996年}} - {{by|1997年}})
*[[シンシナティ・レッズ]]({{by|1998年}} - {{by|2001年}}
*[[デトロイト・タイガース]]({{by|2002年}} - {{by|2006年}}
*[[ワシントン・ナショナルズ]]({{by|2007年}} - )
|選出国 =
|選出年 =
|得票率 =
|選出方法 =
}}
'''ドミトリー・ヤング'''('''Dmitri Young''' , [[1973年]][[10月11日]] - ) は、[[ワシントン・ナショナルズ]]所属の[[一塁手]]兼[[指名打者]]。右投両打。ニックネームは"'''Da Meat Hook'''"。
 
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== 経歴 ==
[[{{by|1991年]]}}、[[セントルイスカージナルス]]からドラフト1巡目(全体4番目)で指名され契約。{{by|1996年}}[[8月29日]]にメジャーデビュー。[[{{by|1997年]]}}には110試合に出場し、打率.258を記録。シーズン終了後に[[シンシナティ・レッズ]]に移籍。レッズでは[[外野手]]・一塁手としてプレーし、4年連続で打率3割以上を記録した。{{by|1998年}}はリーグ2位の48二塁打を記録した。
 
{{by|2001年}}シーズン終了後に[[ホワン・エンカーナシオン]]ら2人とのトレードで[[デトロイト・タイガース]]に移籍。{{by|2002年}}は4月に[[故障者リスト]]入りとなったが、[[5月14日]]に復帰を果たし、[[5月17日]]から[[6月5日]]にかけて自己最長タイとなる18試合連続安打を記録したが、6月は打率が.195と2割を下回った<ref>{{Cite web|url=http://mlb.com/team/player_career.jsp?player_id=124693&y=2002|title=Dmitri Young 2002 Career Highlights|language=英語|accessdate=6月1日|accessyear=2008年}}</ref>。7月5日の試合を最後にシーズンを終え、54試合の出場に終わり、打率は.284と5年ぶりに3割を下回った。
[[2001年]]シーズン終了後に[[ホワン・エンカーナシオン]]ら2人とのトレードで[[デトロイト・タイガース]]に移籍。2003年には自己最高の29本塁打を記録し、[[MLBオールスターゲーム|オールスター]]にも初選出された(出場はせず)。[[2005年]]シーズン開幕戦の[[カンザスシティ・ロイヤルズ]]戦では3本塁打を記録(開幕戦3本塁打は[[ジョージ・ベル]]、[[タフィー・ローズ]]に次ぐ史上3人目)。本塁打が出にくい球場として知られる[[コメリカ・パーク]]での達成だった。同年[[11月27日]]には[[デトロイト]]で開催されたプロレス団体[[WWE]]の[[サバイバー・シリーズ]]に、[[アダム・コープランド|エッジ]]、[[エーミィ・ダーマス|リタ]]と共にトークショーに出演した。しかし[[2006年]]は、家庭内暴力による離婚や[[アルコール依存症]]などの影響でわずか48試合の出場に終わり、デトロイト・タイガースから解雇された。
 
{{by|2003年}}は4月までの打率が.173だったが、5月の打率は.355で、5月6日の[[ボルチモア・オリオールズ|オリオールズ]]戦では2三塁打・2本塁打を含む計5安打を記録。メジャー史上1試合で「2三塁打・2本塁打」を達成したのは他に[[ウィリー・メイズ]](1958年)、[[ルー・フォンセカ]](1929年)、[[ルー・ゲーリッグ]](1928年)の3人しかいない<ref>{{Cite web|url=http://mlb.com/team/player_career.jsp?player_id=124693&y=2003
[[2007年]]3月、一塁手[[ニック・ジョンソン]]を故障で欠いた[[ワシントン・ナショナルズ]]から春季キャンプに招待され結果を残し、開幕メジャー入りを果たした。オールスター前までにリーグ3位の打率.340を記録する活躍を見せ、4年ぶり2回目のオールスターに選出。9回裏2アウトの場面で代打で出場し、オールスター初打席でヒットを打った。2007年は打率.320、13本塁打、74打点と活躍し、[[カムバック賞]]を受賞した。
|title=Dmitri Young 2003 Career Highlights|language=英語|accessdate=6月1日|accessyear=2008年}}</ref>。[[2003年のMLBオールスターゲーム|オールスター]]にも初選出された(出場はせず)。自己最高の29本塁打を記録し、打率.297、85打点を記録し、チーム3冠となった<ref>{{Cite web|url=http://www.baseball-reference.com/teams/DET/2003.shtml|title=2003 Detroit Tigers Statistics and Roster - Baseball-Reference.com|language=英語|accessdate=6月1日|accessyear=2008年}}</ref>。 
 
[[2001年]]シーズン終了後に[[ホワン・エンカーナシオン]]ら2人とのトレードで[[デトロイト・タイガース]]に移籍。2003年には自己最高の29本塁打を記録し、[[MLBオールスターゲーム{{by|オールスター]]にも初選出された(出場はせず)。[[2005年]]}}シーズン開幕戦の[[カンザスシティ・ロイヤルズ]]戦では3本塁打を記録(開幕戦3本塁打は[[ジョージ・ベル]]、[[タフィー・ローズ]]に次ぐ史上3人目)<ref>{{Cite web|url=http://mlb.com/team/player_career.jsp?player_id=124693&y=2005|title=Dmitri Young 2005 Career Highlights|language=英語|accessdate=6月1日|accessyear=2008年}}</ref>。本塁打が出にくい球場として知られる[[コメリカ・パーク]]での達成だった。同年[[11月27日]]には[[デトロイト]]で開催されたプロレス団体[[WWE]]の[[サバイバー・シリーズ]]に、[[アダム・コープランド|エッジ]]、[[エーミィ・ダーマス|リタ]]と共にトークショーに出演した。しかし[[{{by|2006年]]}}は、{{要出典範囲|家庭内暴力による離婚や[[アルコール依存症]]などの影響}}でわずか48試合の出場に終わり、デトロイト・タイガースから解雇された。
 
[[{{by|2007年]]}}3月、一塁手[[ニック・ジョンソン]]を故障で欠いた[[ワシントン・ナショナルズ]]から春季キャンプに招待され結果を残し、開幕メジャー入りを果たした。オールスター前までにリーグ3位の打率.340を記録する活躍を見せ、4年ぶり2回目のオールスターに選出。9回裏2アウトの場面で代打で出場し、オールスター初打席でヒットを打った。2007[[7月28日]]に球団と2総額1,000万ドルで契約延長<ref>{{Cite web|url=http://www.mlb.com/news/gameday_recap.jsp?ymd=20070728&content_id=2114997&vkey=recap&fext=.jsp&c_id=was|title=Nationals ink Young to two-year deal|language=英語|accessdate=6月1日|accessyear=2008年}}</ref>。シーズン通算で打率.320、13本塁打、74打点と活躍し、[[カムバック賞]]を受賞した。
 
== 獲得タイトル・記録・表彰 ==
*[[MLBオールスターゲーム]]選出:2回([[2003年のMLBオールスターゲーム|2003年]]、[[2007年のMLBオールスターゲーム|2007年]])
*[[カムバック賞]] {{by|2007年}}
 
== 年度別打撃成績 ==
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|}
*数字は2007年までのもの。
 
== 脚注 ==
{{reflist|2}}
 
== 外部リンク ==
{{MLBstats |mlb=124693 |espn=3538 |br=y/youngdm01 |fangraphs= |cube=Y/Dmitri-Young}}
 
{| class="toccolours collapsible collapsed" width=80% align="center"
|-
! style="background:#ccccff"| 獲得タイトル・記録
|-
|
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{{Succession box
| title = [[ナショナルリーグ|ナ・リーグ]][[カムバック賞]]
| years = {{by|2007年}}
| before = [[ノマー・ガルシアパーラ]]
| after = [[n/a]]
}}
{{end box}}
|}
{{ワシントン・ナショナルズ}}