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HATARA KEI (会話 | 投稿記録)
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→‎ボンバルディアによる買収: CPR -> カナダ太平洋鉄道
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[[1975年]]、ケベックに本拠地を置く[[コングロマリット]]、[[ボンバルディア]]の交通輸送部門、[[ボンバルディア・トランスポーテーション]]がMLWウォーシントンの株の大部分を取得した。ボンバルディアの傘下で、「MLW」は1980年代はじめまで革新的な機関車設計を続け、その地理的要因と、モントリオールでの重要な雇用企業としての政策的現実から業績を上げてきた。1970年代、ボンバルディアは鉄道車両の製造に進出してきた。主にカナダ国内の[[通勤列車]]や[[地下鉄]]のものである。[[1980年]]、「MLW」は[[VIA鉄道]]のためにディーゼルエンジンによる高速鉄道[[LRC]]を製造。機関車は[[2005年]]まで、客車は[[2008年]]現在も使用され続けている。
 
MLWはまた機関車の駆動方式の研究を進め、駆動用モータに交流モータを使用した試作車両、'''M-640形'''を[[1984年]]にCPRカナダ太平洋鉄道めた。現在は完全にボンバルディア傘下にあるが、MLWの工場と設計セクションはCNの要請による信頼性の高い(High reliable=HR)貨物用機関車の設計・製造の最終段階にあった。その機関車は前述の「安全な運転室」を備えたもので、4動軸の'''M-420形'''に似た'''HR-412形'''と車幅を限界まで広げた6動軸の'''HR-616形'''である。HR-616形は、CNの要請で後方視界を向上させた'''ドラッパー・テーパー'''と呼ばれる特異な形態をしていた。これらの機関車の設計は、CNが1960年代から1970年代初期にかけて導入した30組のMLWとGMDの機関車の老朽取り替え用であった。その老朽化した機関車とは、1990年代半ばまで使用する想定であったにもかかわらず機械的にも電気的にも信頼性が乏しく、失敗作ととらえられており、それがALCO/MLWの評判でもあった。
 
[[1985年]]、会社組織として再編成され、ボンバルディアは機関車製造事業から撤退し、旅客車製造に専念することとした。休眠中のMLWの工場は[[1988年]]にGEに売却され、皮肉にも1960年代製のスイッチャーの取り替え用機関車製造に使用されたが、[[1993年]]にはその工場は閉鎖され、[[2001年]]には火事で半分が焼け落ちた。残る半分はカナダ自然調査局が使用していた。