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弟ヴィルヘルムと共に彼は、ゲルマンの古典文献学、[[ゲルマン語]]学、そしてドイツ文献学の基礎を築いたといわれる。「ドイツの職匠歌人の歌について」のような論文は、[[カール・ラッハマン]]の研究と並んで、中世の[[ドイツ文学]]の第一級の不朽の業績と見做されている。また、『ドイツ神話学』において、彼は現代に至る比較[[神話学]]や[[民俗学]]の基礎をも築いた。
ヤーコプ・グリムは、自らの立場を貫徹するためには論争や競合する場合には誹謗も辞さず、徹頭徹尾挑戦的で、いかなる場合にも真正面から渡り合うことを自らの学問のスタイルとした。ドイツ語の文献学、即ち今で言うゲルマン学の創成期の神話には、[[フリードリヒ・ハインリヒ・フォン・デア・ハーゲン]]と[[ヨーハン・G・G・ビュッシング]]に対する所謂いわゆる「学問戦争」も含まれる。
両兄弟は、その共同作業の産物である『グリムの子どもと家庭の童話』(全2巻、1812年-1815年)と『ドイツ語辞典』(1838年- 、第1巻 1854年)によりその名を知られるようになった。
 
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