「ルーキー新一」の版間の差分

[[1976年]]、[[浅草松竹演芸場]]で芸能生活15周年記念公演を行ったのを機会に、カムバックする兆しが見えたかのように思えたが、それも続かなかった。体調もくずし始め、[[1980年]][[3月4日]]、大阪・守口で息をひきとった。死後「悲運のコメディアン」ともいわれる。
 
出演の舞台などでの映像はビデオやDVD化されていないが、日本映画「[[ハナ肇とクレージーキャッツの映画|日本一のゴリガン男]]」や「[[スチャラカ社員]]」、「[[ワタリ]]」、「[[妖怪百物語]]」などの出演作品で、その片鱗芸風をうかがうことができる。
 
==関連項目==
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