「御手洗冨士夫」の版間の差分

[[1979年]]、キヤノンUSA社長に就任。
 
[[1995年]]、前社長で創業者の一人御手洗毅の息子の御手洗肇の死去を受けて社長(第6代)に就任する。
 
就任後、キャッシュフロー経営を取入れ、キヤノンの財務体質強化に乗り出す。手始めに液晶ディスプレイや光ディスク、パーソナルコンピュータ事業から撤退。経営資源をプリンター、カメラ、半導体製造装置等に集中させた。次に、[[ソニー]]で行われていた[[セル生産]]をキヤノンに導入。海外への生産流出で生産性の低下していた工場の生産効率強化に乗り出す。
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