「ドミートリー・メドヴェージェフ」の版間の差分

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[[2000年]]から[[2001年]]まで[[ガス]]企業・[[ガスプロム]]の取締役会議長(会長)を務める。2001年から[[2002年]]まで副会長。2002年[[6月30日]]から再びガスプロム会長に就任した。
 
[[2003年]]10月[[アレクサンドル・ヴォローシン]]の跡を襲って大統領府長官に就任する。さらに、[[2005年]][[11月14日]]第一副首相に任命される。第一副首相就任に伴い、[[セルゲイ・イワノフ]]、[[ヴィクトル・ズブコフ]]などとともにプーチン後継の最有力候補の一人と取りざたされてきた。そして[[2007年]][[12月10日]]、[[ウラジーミル・プーチン]][[大統領]]は[[2008年]][[3月2日]]実施予定のロシア大統領選挙で自身の後継者としてメドヴェージェフを指名した。また政権与党である[[統一ロシア]]や、[[公正ロシア]]、[[ロシア農業党]]、[[市民勢力]]、[[緑の党 (ロシア)|緑の党]]、[[ロシアの愛国者]]などの諸政党も大統領選挙の候補者にメドヴェージェフを擁立することを決定した。[[2008年]][[3月2日]]、[[2008年ロシア大統領選挙]]で下馬評通りに圧勝し、5月7日にロシア連邦第3代大統領に就任した。就任後の7月には[[第34回主要国首脳会議]](洞爺湖サミット)に出席する
 
大統領就任後、かねてから言及していたとおり、プーチン前大統領を[[ロシアの首相|首相]]に指名した。2008年7月[[第34回主要国首脳会議]](北海道洞爺湖サミット)に出席するため訪日した。サミットの合間に[[福田康夫]]首相と個別に日露首脳会談を行ったが、その際、「[[北方領土]]問題が解決されれば、両国関係が最高水準に引き上げられることに疑いはない」などと述べ、北方領土問題の解決に意欲を示した。またプーチン首相、[[セルゲイ・イワノフ]]副首相、[[セルゲイ・ラヴロフ]]外相らの訪日で合意した。
メドヴェージェフは、プーチンを[[ロシアの首相|首相]]に指名した。
 
== 人物 ==
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