「エマニュエル・トッド」の版間の差分

 
== 世界の多様性 ==
トッドはその後、[[1983年]]に『第三惑星』 (''La Troisi&egrave;meTroisième plan&egrave;teplanète'')、[[1984年]]に『世界の幼少期』 (''L'Enfance du monde'') を著した。後にこの二作は『世界の多様性』 (''La diversit&eacute;diversité du monde'') として一冊にまとめられた。トッドはこの中で世界の家族制度を分類し、大胆に家族型と社会の関係を示した。[[ピエール・ショーニュ]]、[[エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ]]、[[アンリ・マンドラーズ]]、[[ジャン=フランソワ・ルヴェル]]らフランスの歴史学者、[[社会学]]者に支持され、非常に活発な議論を引き起こした<ref name="ayumi">{{ citation
| contribution=我が「世界像革命」の歩み
| first=Emmanuel
#:子供は成人すると独立する。親子は独立的であり、兄弟は平等である。遺産は兄弟で均等に分配される。いとこ婚は禁止される。[[パリ]]を中心とするフランス北部、[[スペイン]]中南部、[[ポルトガル]]、[[イタリア]]南部、[[ポーランド]]、[[ルーマニア]]、[[ラテンアメリカ]]、[[エチオピア]]に見られる。基本的価値は自由と平等である。絶対核家族と同様、女性の地位は高く、子供の教育にはそれほど熱心ではない。核家族を絶対核家族と平等主義核家族に分け、平等への態度が全く異なることを示したのはトッドが最初である。
#直系家族
#:子供のうち一人(一般に[[長男]])は親元に残る。親は子に対し権威的であり、兄弟序列が不平等である。[[ドイツ]]、[[スウェーデン]]、[[オーストリア]]、フランス南部 ([[地中海]]沿岸を除く)、[[スコットランド]]、[[アイルランド]]、スペイン北部、[[日本]]、[[大韓民国|韓国]]・[[朝鮮民主主義人民共和国|朝鮮]]、ユダヤ人、[[ケベック州]]に見られる。日本とユダヤではいとこ婚が許され、他では禁止される。基本的価値は権威と不平等である。子供の教育に熱心である。女性の地位はそれほど高くない。秩序と安定を好み、[[政権交代]]が少ない。自民族中心主義が見られる。
#外婚制共同体家族
#:息子はすべて親元に残り、大家族を作る。親は子に対し権威的であり、兄弟は平等である。いとこ婚は禁止される。[[ロシア]]、[[フィンランド]]、旧[[ユーゴスラビア]]、[[ブルガリア]]、[[ハンガリー]]、[[モンゴル]]、[[中国]]、[[インド]]北部、[[ベトナム]]、[[キューバ]]、フランス中央部および地中海沿岸、イタリア中部に見られる。基本的価値は権威と平等である。これから、[[共産主義]]との親和性が高い。トッドがそもそも家族型と社会体制の関係に思い至ったのは、外婚制共同体家族と共産主義勢力の分布がほぼ一致する事実からである。子供の教育には熱心ではない。女性の地位は低い。
=== 共同体家族システムの起源 ===
トッドは当初、家族型の分布は偶然であり、何ら環境的要因はないとしていた。すなわち、ドイツと日本が似ているのは同じ直系家族だからだが、両民族が直系家族なのは偶然の一致だと見ていた。しかし後に、[[言語学]]者のローラン・サガールの指摘により、家族型の分布が、中心から革新が伝播して周辺に古形が残るという周圏分布をなすことを示した<ref>{{ citation
| title=Une hypoth&egrave;sehypothèse sur l'origine du syst&egrave;mesystème familial communautaire
| first=Laurent
| last=Sagart
| first2=Emmanuel
| last2=Todd
| journal=Diog&egrave;neDiogène
| volume=160
| year=1992
 
== 移民の運命 ==
[[1994年]]、トッドは『移民の運命』 (''Le Destin des immigr&eacute;simmigrés'') において、西欧の四大国であるアメリカ、イギリス、フランス、ドイツにおける[[移民]]の状況を調べ、家族型が移民問題に決定的な影響を与えていることを示した<ref>{{ citation
| title=移民の運命
| first=Emmanuel
 
=== ドイツ ===
ドイツは直系家族であり、アングロサクソンの絶対核家族よりも粗暴な差異主義である。直系家族は兄弟の序列不平等を特徴とし、人間は互いに異なると認識するが、同時に父親の権威は中心的権力の下にまとまることを求める。この緊張が、しばしば暴力的な反応を生む。
 
直系家族社会は、同じ文化の小集団を[[被差別民]]として指定することがある。日本における[[部落問題|部落民]]や、南西フランスにおけるカゴ (cagot) がこれに当たる。カゴは、村から離れて住み、墓地が別であり、非カゴとの婚姻が許されず、教会では特別の席が定められていた。職業は建具職人や大工であり、南西フランスの人口の 1% から 2% を占めていた。[[18世紀]]前半には、平等主義核家族のパリの支配によりカゴは解放され、消滅した。
== 帝国以後 ==
{{main|帝国以後}}
[[1991年]]の[[ソ連崩壊]]以降、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]が唯一の超大国になったという認識が一般的であった。そのアメリカの中枢で起きた [[アメリカ同時多発テロ事件|911 テロ]]から一年後の [[2002年]][[9月]]、トッドは『帝国以後』 (''Apr&egrave;sAprès l'empire'') を出し、アメリカも同じ崩壊の道を歩んでおり、衰退しているからこそ世界にとって危険だと述べ<ref>{{ citation
| title=帝国以後 アメリカ・システムの崩壊
| last=Todd
| isbn=4-89434-371-1
}}</ref>。またその後のフランス、ドイツの[[外交]]の理論的な支えとなった。
 
== 文明の接近 ==
[[イスラム圏]]を専門とする人口学者の[[ユセフ・クルバージュ]]との共著である『文明の接近』 (''Le rendez-vous des civilisations'') において、トッドは『帝国以後』で示したイスラム圏分析を深化させた<ref>{{ citation
| title=文明の接近 「イスラーム vs 西洋」の虚構
| last=Todd
| first=Emmanuel
| last2=Courbage
| first2=Youssef
| year=2008
| place=東京
| publisher=藤原書店
| isbn=978-4-89434-610-9
}}</ref>。この中で、イスラム圏は着実に近代化し、識字率が上がり、出産率が下がり、欧米に近付いていること、現在のイスラム圏の暴力は移行期危機に過ぎず、いずれ沈静化すること、そしてこの近代化の先頭にいるのは[[トルコ]]ではなく[[イラン]]であることを示し、イスラム脅威論を否定し、イランを正しく見るべきだと主張した。またキリスト教が欧米の近代化を妨げなかったように、[[イスラム教]]にも近代化を妨げる力は無いとした。
 
== 著作 ==
4,012

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