「織田信右」の版間の差分

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四男であったが、兄の[[織田信房]]、[[織田信常]]、[[織田信乗]]がいずれも病弱であったため、[[1730年]]10月に後継者として指名された。[[1731年]]、父の死去により家督を継ぐ。しかし藩主を継いだ頃から病気がちとなり、藩政を家臣任せでほとんど隠居に等しかった。また、このころの藩では収入よりも支出が大きく上回り、[[1757年]]には江戸表の上屋敷が焼失するという災難もあった。このような中、信右は病を理由に[[1759年]]11月11日、家督を弟の[[織田信富]]に譲って隠居し、1762年8月18日に50歳で死去した。
[[Category:江戸の大名|おたのふすけ]]
 
{{生没年|おたのふすけ|1713年|1762年}}
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