「アイトーリア」の版間の差分

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(en:Aetolia 2008-3-11 18:07 UTC 著者:Llywrch, John Nowak, 198.148.166.5, Pedant17, Pmcculler他から翻訳)
 
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==歴史==
最初はクレテス人([[:en:Curetes (tribe)|Curetes]])やレレゲス人([[:en:Leleges|Leleges]])として知られる人々が居住していたが、[[名祖]]となった[[アイトーロス]]([[:en:Aetolus, son of Endymion|Aetolus]])に率いられたギリシャ人が[[エリス (曖昧さ回避)|エリス]]([[:en:Elis|Elis]]から植民した。[[ハリカルナッソスのディオニュシオス]]は、アイトーリア人の古名をクレテス人、ロクリス人の古名をレグレス人としている<ref>Dionysius of Halicarnassus, ''Roman Antiquities, Book 1, 1'' at LacusCurtius [http://penelope.uchicago.edu/Thayer/E/Roman/Texts/Dionysius_of_Halicarnassus/1B*.html]</ref>。アイトーリア人は[[トーアス]]王([[:en:Thoas|Thoas]])の指揮の下[[トロイア戦争]]に参加した。
 
アイトーリア人は早い時代に[[アエトリア同盟|アイトーリア同盟]]を結成し、それはすぐに強力な軍事同盟になった。元々は[[ピリッポス2世]]の統治期に、アイトーリア諸都市が相互の利益と防衛のために作ったものだったが、[[マケドニア王国]]ならびに[[アカイア同盟]]に匹敵するものに変わった。アイトーリア同盟は当時作られた政治的組織の中でも目覚ましいものの一つであった。
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