「佐々鎮子」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
果帆 (会話 | 投稿記録)
新しいページ: ''''佐々鎮子'''(さっさしずこ)は、徳川12代将軍徳川家慶から最後の将軍・徳川慶喜まで、4代に渡って将...'
(相違点なし)

2008年9月27日 (土) 07:11時点における版

佐々鎮子(さっさしずこ)は、徳川12代将軍徳川家慶から最後の将軍・徳川慶喜まで、4代に渡って将軍・正室に仕えた御次。特に13代将軍・徳川家定の正室・天璋院の身の回りの世話などをしていたことで知られる。生没年不詳。


略歴

弘化年間(1844-1848)に大奥に入り、御次として将軍4代に渡って仕える。明治元年(慶応4年/1868)に天璋院が大奥を退去する際にも、御年寄の滝山らとともに従ったという。

明治24年(1891)4月23日の第4回旧事諮問会に元御中臈・箕浦はな子とともに出席し、天璋院の日常生活、大奥の制度、風俗などに関する貴重な証言を残した。尚、この証言は「旧事諮問録」の上巻に収録されている。