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'''山田 真介'''(やまだ しんすけ、[[1979年]][[6月15日]] - )は[[阪神タイガース]]在籍のに所属していた[[野球選手|プロ野球選手]]。ポジションは[[外野手]]。俊足[[強肩]]がセールスポイント。妻はかつての[[読売ジャイアンツ]]の[[マスコット]]ガール([[チームジャビッツ21]])。
 
== 来歴・人物 ==
[[上宮中学校・高等学校|上宮高校]]で{{by|1997年}}の[[第69回選抜高等学校野球大会|選抜]]に[[投手]]として出場。同年の[[プロ野球ドラフト会議]]で読売ジャイアンツ|巨人]]入団後はから3位指名を受け[[内野手]]登録。プロ4年目の[[2001年]]に[[外野手]]にコンバートされ、[[2002年]]・[[2003年]]には貴重な右の控えとして活躍した。外野3ポジションを高いレベルで守り、広い守備範囲はジャイアンツで1・2を争うものだったが、打力不足がネックとなり一軍には定着できなかった入団
 
プロ4年目の{{by|2001年}}から[[外野手]]に[[コンバート (野球)|コンバート]]され、{{by|2002年}}・{{by|2003年}}には貴重な右の控えとして活躍した。外野3ポジションを高いレベルで守り、広い守備範囲は巨人で1・2を争うものだったが、打力不足がネックとなり一軍には定着できなかった。
[[2006年]][[6月5日]]に[[木村拓也]]との[[トレード]]により[[広島東洋カープ|広島]]に移籍。[[中堅手]]として出場、[[2006年]][[6月16日]]の[[北海道日本ハムファイターズ|日本ハム]]戦で移籍後初安打を記録。[[10月11日]]の[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルト]]戦では自身初の1試合4安打をマークした。
 
[[{{by|2006年]]}}[[6月5日]]に[[木村拓也]]との[[トレード]]により[[広島東洋カープ|広島]]に移籍。[[中堅手]]として出場、[[2006年]][[6月16日]]の[[北海道日本ハムファイターズ|日本ハム]]戦で移籍後初[[安打]]を記録。[[10月11日]]の[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルト]]戦では自身初の1試合4安打をマークした。
[[2007年]][[5月18日]]に[[喜田剛]]とのトレードにより阪神に移籍。移籍後即一軍登録されたものの、その後[[赤星憲広]]が復帰してすぐに一軍登録抹消されるなど、移籍を機にプロ入り後最高の成績を残した交換相手の喜田とは対照的なシーズンに終わってしまった。後述の成績にも表れているとおり、打撃の弱さが大きな欠点で2007年は[[ウエスタン・リーグ]]でも2割前半の打率に終わってた。
 
[[{{by|2007年]]}}[[5月18日]]に[[喜田剛]]とのトレードにより阪神に移籍。移籍後即一軍登録されたものの、その後[[赤星憲広]]が復帰してすぐに一軍登録抹消されるなど、移籍を機にプロ入り後最高の成績を残した交換相手の喜田とは対照的なシーズンに終わってしまった。後述の成績にも表れているとおり、打撃の弱さが大きな欠点で2007年は[[ウエスタン・リーグ]]でも2割前半の打率に終わった。
[[2008年]]は一軍に出場することなく、[[10月2日]]、阪神から[[戦力外通告]]を受けた。
 
[[{{by|2008年]]}}は一軍に出場することなく、二軍でも更に打撃成績を落としてしまった。[[10月2日]]、阪神一軍日程終了を待たず球団から[[戦力外通告]]を受けた。
 
==記録==
 
== 背番号 ==
*'''37'''([[1998(1998]]~[[1999~1999]]
*'''58'''([[2000(2000]]~[[2006~2006]][[6月7日]]
*'''44'''([[2006(2006]][[6月8日]]~[[2007~2007]][[5月20日]]
*'''55'''([[2007(2007]][[5月21日]]~[[2007~2007]]
*'''43'''([[2008(2008]]~)
 
==年度別成績(一軍)==
 
== 関連項目 ==
*[[大阪府出身の人物一覧]]
*[[読売ジャイアンツの選手一覧]]
*[[広島東洋カープの選手一覧]]
*[[阪神タイガースの選手一覧]]
*[[原辰徳]]
*[[岡田彰布]]
*[[木村拓也]]
*[[喜田剛]] (トレード相手)
*[[渡辺正人]](高校時代の同期)
 
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