「ヴャジマ」の版間の差分

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(en:Vyazma 19:09, 27 September 2008 より)
 
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[[Image:Âÿçüìà.jpg|thumb|250px|イヴァン修道院にある「ホデゲトリアの生神女聖堂」(Hodegetria church)は3つの尖塔のある聖堂としては3本の指に入る大きさのもの。もう2つは[[ウグリチ]]と[[モスクワ]]に存在する]]
'''ヴャジマ'''([[ロシア語]]:{{lang-ru|Вя́зьма}}, Vyazma, [[ポーランド語]]:Wiaźma)は[[ロシア]]の[[スモレンスク州]]にある都市。[[ドニエプル川]]の支流ヴャジマ川沿いにあり、[[スモレンスク]]と[[モジャイスク]]の中間地点にある。西から[[モスクワ]]へ向かう侵略軍に対する防衛戦が何度もこの街で戦われている。人口57,545人(2002年調査)。
 
ヴャジマの名は年代記の[[1239年]]の条に初出するが、それ以前から集落があったものと考えられる。当時、ヴャジマは[[リューリク朝]][[スモレンスク公国]]の傍系の所領であった。[[1403年]]、ヴャジマ公は[[リトアニア大公国]]に追われてモスクワへ逃げ、以後[[モスクワ大公国]]で貴族ヴャゼムスキー家となった。その有名な子孫には[[アレクサンドル・プーシキン|プーシキン]]の親友で自身も詩人であった[[ピョートル・ヴャゼムスキー]]公爵や、フランスの女優・小説家で一時[[ジャン=リュック・ゴダール]]とも結婚していた[[アンヌ・ヴィアゼムスキー]]がいる。