「徴兵制度」の版間の差分

 
=== 近世 ===
近世では[[スウェーデン]]が[[三十年戦争]]時に徴兵制を採用し、人口の少なさを補い大軍を編成した。ただし、この制度には経済的・心理的負担が大きく、部隊の質が低くなりがちになる欠点があった。そのため結果として国民の離散・国家の荒廃を招くこととなる。[[プロイセン王国]](ドイツ)では[[フリードリヒ2世 (プロイセン王)|フリードリヒ大王]]が軍事的拡張主義を採り、人口の4%に当たる[[常備軍]]を作ったが、このとき大規模な傭兵を養える財政が無く、志願制では数が満たせなかったために、1733年に徴兵制([[カントン制度]])を敷いて農民を強制的に軍隊に組み込んだ。この軍は質が悪く士気が低いため、厳罰主義によって規律を保とうとしたが困難であった。
 
=== 近代 ===
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