「イタリア社会党」の版間の差分

[[1892年]]に[[フィリッポ・トゥラーティ]]を中心に[[社会主義]]政党として結党された。左翼勢力の中心として大きな勢力を持ち、[[ベニート・ムッソリーニ|ムッソリーニ]]もかつては社会党員だった。
 
[[第二次世界大戦]]後は、長らく[[キリスト教民主主義 (イタリア 1942-1994)|キリスト教民主主義]]、[[イタリア民主社会党|民主社会党]][[共和党 (イタリア)|共和党]]と[[中道左派]][[連立政権]]を組み、1980年代には同党の[[ベッティーノ・クラクシ]]が首相となり戦後イタリア史上最長の内閣となるなどで政権の中枢になったが、1990年代に汚職事件捜査の対象となり、クラクシは[[チュニジア]]へ亡命(同地で客死)。
 
政治改革推進の下、[[小選挙区比例代表並立制]]が導入されると、汚職事件に対する国民の糾弾もあり、1994年の総選挙では僅か14議席の獲得にとどまり、党名変更などを行うも党勢は大きく衰退した。
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