「プウク式」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
Siyajkak (会話 | 投稿記録)
編集の要約なし
藤井三方 (会話 | 投稿記録)
m 「明治村」→「博物館明治村」
12行目:
多くのプウク式の建造物には、長い「鼻」を垂れ下げた[[雨神チャック]]の顔が見られる。
 
最も有名なプウク式の建造物は、'''[[ウシュマル]]'''遺跡の「尼僧院」や「総督の館」、そして一面のチャックの顔で知られる'''カバー'''遺跡のコズ・ホープ神殿などである。ウシュマルの建造物は、'''[[フランク・ロイド・ライト]]'''の建築にも影響を与え、[[博物館明治村]]に残された旧帝国ホテルのデザインに見事に応用されている。そのほか、'''ラブナー'''遺跡の「アーチ」、'''サイール'''遺跡の「宮殿」などが挙げられる。はるか南東方向にあるエズナ遺跡には、美しい「五層の神殿」が見られ、'''[[チチェン=イッツアー]]'''遺跡にもいくつかのプウク式の建物が見られる。
 
なお、プウク様式と[[トルテカ・マヤ様式]]の建造物は、前者が古く後者が新しいとの時間的な格差があるとされていたが、建築や土器の出土状態にほとんど新旧関係がみられず、むしろ同時並存であったことが判明している。