「歓喜力行団」の版間の差分

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歓喜力行団は、勤労大衆のための手頃な価格の[[自動車]]の購入に関与した。これはヒトラーが政権に就いた直後に発表した国民車構想に基づく「[[フォルクスワーゲン・タイプ1]]」である。[[1938年]]に正式に「歓喜力行団の車」と名づけられた。同年、[[ニーダーザクセン州]]に新都市「歓喜力行団の車を生産する街」(Stadt des KdF-Wagens、KdF-Stadt)が建設され、生産工場や労働者住宅が建てられた。戦後は[[ヴォルフスブルク]]と改名された。
 
歓喜力行団は労働者向けに、「歓喜力行団の車」を購入するための特別貯蓄制度を設けた。これは一般大衆でも車を買えるようにした積立制度で、'''自家用車に乗りたいなら、毎週5マルク貯めよう'''(Fünf Mark die Woche musst Du sparen, willst Du im eigenen Wagen fahren)のスローガンの下に33万6,000人ほどが積立金支払を行った。しかし、翌年の[[第二次世界大戦]]の開戦により実際に納車されることはほとんどなかった。自動車工場も戦争遂行のために軍用車生産へと回された。大戦後、新たに創業したフォルクスワーゲン社は積立金を支払った人々に応えて、歓喜力行団が実行し得なかった納車を行っている。
 
== 外部リンク ==
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