「アニパロコミックス」の版間の差分

当初はアニメ情報誌[[月刊OUT]]の臨時増刊号(1982年7月号臨時増刊号)「'''アニメ・パロディ・コミックス'''」として発行された。その後OUTの増刊号、別冊を経て創刊5年目の1987年7月号にて独立したアニパロコミックスとして発行された。
 
1988年には4月臨時増刊号として'''アニパロコミックスJunior'''が発行される。その他、'''アニパロコミックスアンド・ナウ'''(アニパロコミックス and NOW)、'''PALLE'''などの[[スピンオフ]]誌が発行された。後者はオリジナル作品のみを掲載していた。
 
アニパロコミックスJuniorについてはアニパロコミックス1988年6月増刊号として発行された後、1988年10月号から独立したアニパロコミックスJuniorとして1990年10月号まで隔月発行された。1991年より再びアニパロコミックス増刊号として発行されるようになり1993年2月アニパロコミックス増刊号をもって休刊。そしてアニパロコミックスも1993年3月号をもって休刊。
 
いずれも最終となった号に掲載された作品には、[[打ち切り]]最終回の体裁を取っているものは全く見られず、掲載作品の締め切り後、あるいは発売前後にこの号での休刊が急遽決定した状況が窺われるものであった。
 
この背景にはみのり書房の経営状態にまつわる問題や、出版社と編集者の対立、パロディと元ネタとした作品の二次著作権の関係で大手のアニメ[[制作プロダクション]]とトラブルが発生した(※参照)など、複数の説が語られ存在している。ただし、この件については当事者たちの口が非常に重く、また出版元であったみのり書房がその後倒産している事もあり、その真相は現在も定かではない。ただし、末期には内容マンネリ化が著た事からくなり読者が離れ、発行部数が低迷して採算割れの状態が続き、みのり書房の経営にとって足枷になっていたとも言われる。
 
アニパロコミックス休刊後、同誌や関連誌に連載されていた作品の続きなどを集めた「'''and NOW'''」が、元編集長による個人編集・個人出版の形態で発行された。元編集長は商業ベースでの復活を目論んでいたのか「創刊準備号」と銘打たれ、1993年10月に「創刊準備号の・ようなもの」が、その後は数ヶ月おきに「創刊準備号○」が発行されたが、これも2002年2月の「創刊準備号26」を最後に休刊。最終的に「創刊」には至らずにぬまま終わった。
 
;※アニメ制作プロダクションの姿勢について
1980年代後半以降、『[[聖闘士星矢]]』とその成功を受けて製作された『[[鎧伝サムライトルーパー]]』などに代表される、いわゆる「美少年アニメ」が若い女性アニメファンの間で大ブームとなった。これを受けて、「美少年アニメ」作品などを題材にした[[二次創作物]]である[[同人誌]]が大量に制作され、最大の同人誌即売会「[[コミックマーケット]]」でもジャンルとして一定のスペースを占有する程の規模になった。また、このブームに目を付けた[[ビブロス (出版社)|青磁ビブロス]]や[[ラポート]]などの出版社が、これらをまとめた同人[[アンソロジー]]本を制作、相当数が商業出版ベースで販売される状況が見られた。出版社や同人誌の作者たちは、これらについてはアニパロコミックスと同様、あくまでパロディとして独立した作品であるという立場を取り、「元ネタ」とした作品の関係者からのライセンス許諾は得ずに販売されていた。
 
しかし、その内実を見ると、これら大量の作品群の大半は、[[同性愛#ゲイ|男性同性愛]]の描写が含まれる「[[やおい]]同人誌」であり、本来は少年[[児童]]層を対象としたアニメ作品の二次創作である事を鑑みればなおさらに、各方面から少なからず問題視される内容のものであった。この事から、この時期、[[サンライズ (アニメ制作会社)|サンライズ]]など複数のアニメ制作プロダクションや、[[玩具]]・[[テレビゲーム]]ソフトなどのメーカーが、パロディの商業作品を含む著作物の二次創作に対する姿勢を大きく改め、キャラクターの二次使用の制限などについても明文化を進めていった。
 
この様な著作権者側の動きにより、1990年代に入ると、アニパロコミックスの様なノーライセンスのパロディ作品を利用した商業出版活動や、同じくノーライセンスでの同人アンソロジー集の商業ベースでの制作は、急激に困難なものになっていった。
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