「公民」の版間の差分

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なお、[[中華民国]]、[[中華人民共和国]]、[[朝鮮民主主義人民共和国]]では国民、国籍者の意味で憲法上公民という語が使われている。
 
==律令制の公民==
'''公民'''(こうみん)とは、[[古代]][[日本]][[律令制]]における統治対象とされた一般の人々を指す。[[倭訓]]は「おほみたから」。公民は[[戸籍]]に編入され、[[口分田]]が班給され、[[課役]]を賦課された。
 
ただし、[[中国]]([[唐]])には「公民」という言葉が存在せず、日本の[[律令法]]にも直接「公民」について規定した法規は無い。元は[[倭国王]]や[[ヤマト王権]]に直属する民のことを指し、[[臣]]や[[連]]、[[伴造]]などの[[豪族]]が支配する民や[[百八十部]]と区別されていた人々を指していたと考えられている。日本における「公民」の語の確実な初見は『[[続日本紀]]』に引用された[[文武天皇]]即位の[[宣命]]である([[記紀]]にも「公民」の語は見られるが、後世の脚色の可能性もある)。以後、「公民」という言葉が記録上に見られるようになる。
 
一般的に律令制を「天皇が全ての土地と人民を支配する体制」として、[[公地公民制]]と呼ばれることが多いが、その典拠とされる[[改新の詔]]において使われてる語句は「百姓」である。また、公民とともに[[皇親]]や諸臣([[官人]])、[[五色の賎]]が併記されて「公民」の範疇から除外されており、「全ての人民」が公民であったという表現は誤解を招きやすい表現であると言える。また、国家に直接租税を納めない[[封戸]]・[[神戸]]などの人々や戸籍に記載されず、租税を納めない[[浮浪]]や[[蝦夷]]・[[隼人]]の人々も公民には含まれない。更に官人や皇親をも念頭に置いたとみられる「公民」という表現例もあり、その用法も一定ではなかったようである。
 
=== 参考文献 ===
*吉田孝「公民」(『国史大辞典 5』(吉川弘文館、1985年) ISBN 978-4-642-00505-0)
*吉村武彦「公民制」(『日本史大事典 3』(平凡社、1993年) ISBN 978-4-582-13103-1)
 
==関連項目==
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