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'''広安門事件'''(こうあんもんじけん)は、[[支那事変]]([[日中戦争]])初期の{{和暦|1937}}7月26日、[[中華民国]]の[[北京市|北平]]で起きた[[中華民国軍|中国軍]]による[[日本軍]]への襲撃事件。
==概要==
北平居留民保護の為に日本軍は中国軍の
当時、既に中国軍は[[河北省]]南部の[[石家荘市|石家荘]]・[[保定市|保定]]や[[山西省]]の[[大同市|大同]]に多数集結し、また[[豊台区|豊台]]においては完全に日本軍を包囲しており、その一方で日本軍も新たに動員された[[関東軍]]・[[朝鮮軍 (日本軍)|朝鮮軍]]の部隊が北平・[[天津市|天津]]地区に到着しつつあり、両軍の間で緊迫の度が高まる中で起きた事件であった。この事件は、
==関連事項==
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