「ノート:ジローラモ・フレスコバルディ」の版間の差分

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:# 「『苦労なしには熟練に達せず』との落書きめいたラテン語の落書き」というくだりは、これを書いた方の完全な誤謬です。トッカータ集第2巻のトッカータ9番は演奏に骨が折れることでチェンバリストの間で良く知られた(がゆえに、頻繁に演奏される)曲で、Atlas zur Musik でもこの曲を譜例としてあげているわけですが、この曲の末尾にかかれている ''Non senza fatiga si giunge al fine'' というのは、まず第一にラテン語ではなくイタリア語です(笑)。そして、このイタリア語の正しい日本語訳は「疲れることなく(曲の)末尾まで到達できない」(ちなみに、ドイツ語訳は Das Ende erreicht man nihct ohne Mühe となっています)となるべきで、白水社の『カラー図解音楽辞典』にどういう訳が当ててあるかは知りませんけれども、熟達云々とは全く関係がありません。フレスコバルディは、自覚的に、当時の水準としては演奏困難なものとしてこの曲を書いたのであって、そのために譜面の末尾にこういう言葉を書いたのだというのが一般的な理解だと思います。だから、落書きめいた落書きではなくて、むしろ皮肉交じりの警句とでも言うべきものなのではないでしょうか。
:差し戻しはしばらく様子を見てからにします。フレスコバルディは、バロック鍵盤音楽の歴史の中でも最重要人物の一人と目されているようですから、本当に詳しい方による全面的改訂が必要だと前々から思っているのですが。--[[利用者:Pugnari|Pugnari]] 2008年12月23日 (火) 16:08 (UTC)
 
またバカか。じゃぁ説明してあげよう。
 
1、三連符という概念はアルス・スブティオルの時代には、すでに開発されています。まさか、中世の音価の概念を知らないとは言わせないぞ。よって、1は無効。素人丸出し。文章の途中で嘘を混ぜるJのようなテクニック。
 
2、「熟達云々とは全く関係がありません」ってのはオウム真理教のAさんクラスの人が良く使う詭弁だよね。人の文意の途中ですりかえる技法って奴ね。落書きか警句かなんてのは投稿者の主観の範疇です。練習しなきゃ弾けないよ、っていう見解を楽譜に書いた功績は大きい。唯一このバカの主張を認めるならば、ラテン語がイタリア語だったってことくらいか。本人がラテン語で書いて、印刷の過程でイタリア語になったという可能性は??それに(笑)なんてつけるお前の人格に問題があるな。そこだけ朱で直せばいいだけでは?
 
どっちにせよ、pugnariはフレスコバルディのことは何も知らずに、事典見て書いてるだけなんだってことが証明されているんだから。反駁したらサリンでも家に撒かれるのかな?(笑)[[利用者:うぉるとまんー|うぉるとまんー]] 2008年12月23日 (火) 21:00 (UTC)