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[[Image:Cardinal_Consalvi,_Thomas_Lawrence.jpg|thumb|200px|right|エルコール・コンサルヴィ]]
'''エルコール・コンサルヴィ'''(Ercole Consalvi, [[1757年]][[6月8日]] - [[1824年]][[1月24日]])は18世紀の[[カトリック教会]]の[[枢機卿]]。教皇[[ピウス7世 (ローマ教皇)|ピウス7世]]、[[レオ12世 (ローマ教皇)|レオ12世]]の右腕となり外交面で成功させた。[[ローマ]]生まれ。イタリア語名は'''エルコレ・コンサルヴィ'''
 
[[1814年]]、[[ウィーン会議]]に出席し、[[ローマ教皇領|ローマ教皇国]]の存在をヨーロッパに認知させた。