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'''佐藤 秀和'''(さとう ひでかず[[1986年]][[6月7日]] - )は、[[宮城県]][[加美町]]出身の男子[[陸上競技選手]]([[長距離走|長距離種目]])である。
 
== 特徴略歴 ==
*[[2002年]]高校駅伝の新興校である[[仙台育英学園高等学校|仙台育英高校]]に入学してから本格的に[[陸上競技]]に取り組んだ、[[サッカー]]上がりの選手である。高校3年時には、当時[[佐久長聖高等学校|佐久長聖高校]]3年の[[佐藤悠基]]とともに[[全国高等学校総合体育大会|インターハイ]]、[[国民体育大会|国体]]、国内主要[[駅伝]]大会等においてレベルの高い競走を繰り広げて実業団でも十分通用するほどの突出した成績を残し、'''ダブル佐藤'''という言葉まで発生した。しかしながら[[2005年]][[順天堂大学]]に進学し後は、自己ベストの更新はおろか悪循環に陥ってしまった。[[2007年]][[3月]]付けで順天堂大学を退学と言われていたが、大学側の配慮により休学扱い。[[トヨタ紡織]]と契約を結んだ
*高校3年時には、当時[[佐久長聖高等学校|佐久長聖高校]]3年の[[佐藤悠基]]とともに[[全国高等学校総合体育大会|インターハイ]],[[国民体育大会|国体]],国内主要[[駅伝]]大会等においてレベルの高い競走を繰り広げて実業団でも十分通用するほどの突出した成績を残し、'''ダブル佐藤'''という言葉まで発生した。
*しかしながら[[順天堂大学]]に進学してからは、自己ベストの更新はおろか走るたびに記録が低下するような悪循環に陥ってしまい、かつてのライバルだった悠基に水を開けられてしまう。
*[[2007年]][[3月]]付けで順天堂大学を退学と言われていたが、大学側の配慮により休学扱い。[[トヨタ紡織]]と契約を結ぶ形となる。
 
== 主な成績 ==
*[[2004年]]8月-インターハイ[[5000メートル競走|5000m]]4位(日本人2位)
*2004年10月-国体5000mで13分39秒87のタイムで走り、日本高校記録を更新。(この記録は今もなお破られていない。)
*2004年12月-[[日体大長距離記録会]][[10000メートル競走|10000m]]で28分10秒32のタイムで走り、日本高校最高記録を上回り、[[2005年世界陸上選手権|ヘルシンキ世界陸上]]参加標準記録に肉迫した。しかしながら、同レースに出走していた佐藤がこれを3秒ほど上回るタイムで先着したため、当時歴代2位のの記録保持者にはらなかった。(即ち歴代2位))
*2004年12月-全国高校駅伝で1区を走り日本人トップ、大会国内国際記録を更新しての優勝(2連覇)に貢献。
*[[2006年]]1月-[[東京箱根間往復大学駅伝競走|箱根駅伝]]で1区を走り、往路優勝に貢献。
[[Category:1986年生|さとう ひてかす]]
[[Category:日本の陸上競技選手|さとう ひてかす]]
[[Category:宮城県出身の人物]]
[[Category:箱根駅伝の人物|さとう ひてかす]]
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