「霜多正次」の版間の差分

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== 略歴 ==
[[沖縄県]]国頭郡[[今帰仁村]]に生まれた。[[沖縄県立首里高等学校|沖縄県立第一中学校]]から[[第五高等学校 (旧制)|旧制五高]]に進学。同級の[[梅崎春生]]と親交を結び、文学の道をめざす。[[東京大学|東京帝国大学]]英文科卒業後、1940年に応召し、各地を転戦したあと[[ブーゲンビル島]]に配属される。日本の敗色が濃厚となった1945年5月、[[オーストラリア]]軍に投降し、捕虜となる。
 
復員後、故郷には戻らず、東京で文学をめざし、[[新日本文学会]]の事務局に勤務しながら小説を書く。1950年、雑誌『新日本文学』に「木山一等兵と宣教師」を発表、作家として認められるようになる。
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