「オルズベック・ナザロフ」の版間の差分

[[1993年]][[10月21日]]、世界初挑戦。敵地[[南アフリカ]]に渡り、WBA世界ライト級王者ディンガン・トベラに挑む。1度ダウンを喫するも、その後ダウンを奪い返す等、猛反撃を展開。12回判定勝ちを収め、無敗のまま世界王座奪取に成功した。トベラとは翌[[1994年]][[3月]]の初防衛戦でも再戦し、この時も12回判定勝ちを収めた。
 
[[1995年]][[5月]]の3度目の防衛戦からは3戦連続で日本国内で試合を行うが、海外出身の「輸入ボクサー」であるが故、集客力同時期の国内の現役世界王者と比べて知名度は低かった。そのため、試合でも観衆をあまり多集められず、ファイトマネーも安い状態であった。こうした背景から、[[1996年]][[4月]]の5度目の防衛成功後は日本国内で試合を組めない状況に陥る。協栄ジムなり交渉の末、同年末を以って協栄12月、同ジムを離れ[[フランス]]に拠点を移すことを正式に決定
 
[[1997年]][[5月]]、フランス移籍初戦。1年1ヵ月ぶりの試合であったが、長期間のブランクを感じさせない7回TKO勝ち。6度目の王座防衛に成功。その後、ノンタイトル戦を2度行い、いずれも勝利。
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