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カンバセーション…盗聴…

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ユニオンスクエアの画像を追加、その他修正
 
== 概要 ==
[[File:Union Square, SF from Macy's 1.JPG|thumb|left|映画の舞台となったサンフランシスコのユニオンスクエア]]
映画の構想自体は、監督の[[フランシス・フォード・コッポラ]]が1960年代中盤から暖めていたものである。コッポラによれば、映画監督の[[アービン・カーシュナー]]と[[盗聴]]について話し合っている時、その技術や専門家に興味を示したコッポラに、カーシュナーが盗聴の第一人者であるハル・リップセット<ref>映画中で登場人物がリップセットについて言及するシーンがある。また、リップセットは技術アドバイザーとして映画にクレジットされた。</ref>についての資料を送ったのが始まりだという。リップセットのような実在の盗聴のプロフェッショナルたちの話のほか、[[ミケランジェロ・アントニオーニ]]監督作品の『[[欲望 (映画)|欲望]]』や[[ヘルマン・ヘッセ]]の『[[荒野のおおかみ]]』<ref>映画の主人公ハリー・コールの名前は、『荒野のおおかみ』の主人公ハリー・ハラーからとられたものである。</ref>といった創作物もコッポラの脚本執筆のモチーフになった<ref>Cowie p. 86</ref>。[[1972年]]に公開された『[[ゴッドファーザー (映画)|ゴッドファーザー]]』の圧倒的な成功で監督としての名声と潤沢な撮影資金を得たコッポラが、満を持して製作に取り掛かった野心作である。
 
映画の撮影は1972年の11月26日から開始された<ref>Schumacher p. 142</ref>。『ゴッドファーザー』製作の時のように、コッポラの監督としての能力に不信感を持っている映画会社の重役たちからの掣肘はなかったものの、撮影中にコッポラは精神的にも物理的にも様々な困難に対処する必要に迫られた。脚本は一応完成していたものの、コッポラはその出来に不満を感じており、映画の幕切れに関して最後まで頭を悩ませることになった<ref>Schumacher p. 143</ref>。コッポラは当初撮影監督に[[ハスケル・ウェクスラー]]を起用していたが、途中で意見が対立したためウェクスラーを解雇し、代わりに『[[雨の中の女]]』で撮影を担当したビル・バトラーを呼び戻した。そのため撮影が困難だった冒頭の[[ユニオンスクウェエア (サンフランシスコ)|ユニオンスクエア]]のシーン以外を再度取り直すことになった<ref>Jeff Stafford、“[http://www.tcm.com/tcmdb/title.jsp?stid=71469&category=Articles The Conversation: Overview Article]”(参照:2009年1月31日)</ref>。映画の大半は[[ロケーション撮影]]であったため、製作費用を節約することは出来たが、その代償として照明や音響、場所の確保等の技術的問題が多く生じることになった<ref>Schumacher p. 144</ref>。撮影期間の後半はコッポラ本人が『[[ゴッドファーザーPARTII]]』の製作で忙しかったので、映画の音響を担当したウォルター・マーチが編集作業にも携わることになった。マーチの映画製作における貢献は絶大であり、映画評論家の[[ピーター・コーウィー]]は、彼のことを本作品の共同製作者とまで呼んでいる<ref>Cowie p. 87</ref>。映画撮影は[[1973年]]の3月に終わり、それから1年以上の編集期間を経て、[[1974年]]4月7日に公開された。
 
本作品の製作費用は180万ドルと、当時の[[ハリウッド]]製大作映画と比べて控えめなものであったが、興行成績が振るわず結局製作費を回収することは出来なかった<ref>Lillian Loss (1982). ''Some Figures on a Fantasy: Francis Coppola''. </ref>。興行的には今ひとつだったものの、批評家たちは本作品を完成度の高い[[スリラー]]として賞賛、コッポラの監督としての名声評価を更に高めることになった。コッポラも後にインタビューで、本作品のことを彼のキャリアの中で最も好きな映画だと述べている。その理由は、本作品が『ゴッドファーザー』や『[[地獄の黙示録]]』といった原作付きの映画と違い、コッポラ自身が書き上げた脚本に基づいた個人的なものだからだという<ref>Gene D. Phillips (1989). ''Francis Ford Coppola Interviewed''. </ref>。
 
1974年の[[カンヌ国際映画祭]]では最高賞であるグランプリ(翌[[1975年]]から現在の正式名である[[パルム・ドール]]に改称)を受賞。翌年の[[アカデミー賞]]において[[アカデミー作品賞|作品賞]]と[[アカデミー脚本賞|脚本賞]]、[[アカデミー録音賞|録音賞]]にノミネートされるが、皮肉なことに同じコッポラ監督・脚本作品である『[[ゴッドファーザーPARTII]] 』(作品賞と脚本賞を含む11部門にノミネート)に阻まれ受賞には至らなかった。[[1995年]]には[[アメリカ国立フィルム登録簿]]に登録された。
 
== ストーリー ==
[[サンフランシスコ]]在住の盗聴のプロフェッショナル、ハリー・コール。通信傍受の権威としての輝かしい名声とは裏腹に、彼の私生活は孤独そのものだった。それは他者の秘密を盗み聞きするという盗聴という仕事を生業にしていながら、ハリーが自らの[[プライバシー]]の保持に異常に気を使っているからだった。そのためにハリーは、彼とより親密な交際を求める愛人とも別れる羽目になってしまう。そんな彼の唯一の心の支えは、厳重に外部から隔離された自室で、[[ジャズ]]の調べに合わせて[[サクソフォン]]を演奏することだった。
 
ハリーはある日大企業の取締役からの依頼を受けて、雑踏にまみれたユニオンスクウェアで密会する若い男女二人組の会話を盗聴する。一見すると他愛の無い世間話に見えた二人の会話だが、そこに不審なものを感じたハリーは依頼人の補佐役に対し、録音したテープの受け渡しを拒否する。依頼人のオフィスからの帰り道にハリーは、公園で盗聴したカップルに遭遇する。例の二人組は、実はその会社に勤めていた社員であり、女の方は依頼人の妻だったのだ。
 
仕事場で何度もテープを聞き返すうちに、ハリーは男の「もしかしたら彼に殺されるかもしれない」という会話を拾い上げる。昔自分が盗聴したテープにより殺人事件を引き起こしてしまったという負い目があるハリーは、カップルの安全のためにテープを守ることを決意する。しかし、通信傍受の専門家たちが集まるカンファレンスの後、愛人と別れて傷心気味だったハリーは、彼の孤独に付け込んで来た女情報員によってテープを奪われてしまう。
*[[アレン・ガーフィールド]]:ウィリアム・P・モラン
*[[フレデリック・フォレスト]]:マーク
*[[シンディ・ウィリアム]]:アン
*マイケル・ヒギンズ:ポール
*エリザベス・マックレイ:メレディス
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