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宿屋の富

1,168 バイト除去, 9 年前
編集の要約なし
 
== あらすじ ==
 
[[神田 (千代田区)|神田]]馬喰町<ref>現在の[[中央区 (東京都)|中央区]][[日本橋馬喰町]]。</ref>〔上方版『高津の富』では[[船場 (大阪市)|北船場]]大川町<ref>現在の[[中央区 (大阪市)|中央区]][[北浜]]4丁目。</ref>。以下〔 〕内は『高津の富』での表現〕の、とあるはやらない宿屋にやってきた男。
 
入ってくるなり物凄い事を物凄い勢いで吹きまくる。ここの主人も人のいいもので、男の話をすっかり信用して富くじを買ってくれるよう頼み込んだ。
入ってくるなり、『家には奉公人が千人』と言ったり『あちこちの大名に五・六百万両ぐらいづつ貸している』と言ったり。『漬物に千両箱を十乗せて沢庵石にしている』と言ったかと思えば、挙句の果てには『泥棒が入ったので「好きなだけやる」と言ったのに、千両箱八十くらいしか持っていかなかった』などと、物凄い事を物凄い勢いで吹きまくる。
 
ここの主人も人のいいもので、男の話をすっかり信用して、
 
値は一枚一分で、二番富でも五百両。一番富なら何と千両。「邪魔でしょうがない」と言うのを無理に拝み倒し、何とか札を買ってもらう。
「私どもは宿屋だけではやっていけないので、富の札を売っております。一枚余っているので、どうか買ってくれませんか?」
 
値は一分で、一番富で千両、二番なら五百両。「千両ぽっち当たっても、邪魔でしょうがない」と言うのを無理に拝み倒し、何とか札を買ってもらう。その上、『'''万一、当たったら半分もらう'''』という約束まで取り付けてしまった。
 
男は一人になると、「なけなしの一分を取られた」とブツブツ。挙句に「'''のむ贅沢をするだけのんで食うだけ食って逃げちゃおう'''」と開き直る。
 
翌日、男は散歩〔二万両ほどの金の取引〕に出ると言って宿屋を飛び出した。
「『立った』? 座ってるじゃないか」
 
ショックであまりの事態に寒気がした『似非金持ち』。そのまま宿へ帰ると、二階で蒲団かぶってブルブル…震えだす
 
入れ違えに旅籠の親父がやってきて、やはり《子の千三百六十五》を見てひっくり返った。
 
「あのお客様の札は、《子の千三百六十五》、子の、三百六十五番…三百六十五…。アハー! タータッタタッタッタッ!!」
 
飛ぶように家に帰ると、かみさんの襟首をつかんで「当たった! 当たった! アタッタ!!」
寺社仏閣が修理・改築費用を捻出するため、寺社奉行の許可を得て興行していたのがこの「富くじ」。
<br>単に「富」ともいい、江戸では舞台となった『湯島天神』の他にも、「椙森稲荷」・「谷中[[天王寺 (台東区)|天王寺]]」・「[[瀧泉寺|目黒不動]]境内」などで行われていたそうだ。
<br>[[文政]]年間(1818~30)の最盛期には江戸中で毎日どこかで富興行があったという。
 
木箱の中央に穴が開いており、そこから錐を突き刺して番号の書かれた札を選び出す事で抽選を行っていた。
高津神社は上方落語に縁の深い場所である。本演目の他にも「崇徳院」「高倉狐」「いもりの黒焼き」などが高津神社を舞台としている。
<br>現在、高津神社には「高津の富」を描いた絵馬が奉納される他、境内にはこの演目を得意とした5代目桂文枝の碑が立ち、参集殿では文枝一門による「くろもん寄席」などの落語会も催されている。
 
== 「富くじ」の出てくる落語 ==
*『[[水屋の富]]』:富くじに当たった水屋が、金を取られる[[悪夢]]を見て[[ノイローゼ]]になる。
*『[[富久]]』:失業した[[幇間]]が、富くじを買ったことから騒動に巻き込まれる。
*『[[御慶_(落語)|御慶]]』:[[八五郎]]が富くじに当たり、ド派手に年始回りをする。
 
== 脚注 ==
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