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'''金光教の時間'''(こんこうきょうのじかん)は、[[日本]]各地の[[ラジオ放送局]]で放送されている[[宗教番組]]である。主に早朝に放送されている。[[金光教]]の願いなどを説教(教話)や[[ラジオドラマ]]の形で放送。ラジオドラマ(毎年8-10月)出演者は[[永井一郎]]、[[中西妙子]]、[[山本圭子]]、[[三輪勝恵]]、[[小野坂昌也]]、[[龍田直樹]]、[[中友子]]など([[青二プロダクション]]所属者が多い)非常に豪華
 
[[金光教]]の願いなどを説教(教話)や[[ラジオドラマ]]の形で放送(ドラマは毎年8-10月に放送)。ドラマ出演者は[[永井一郎]]、[[中西妙子]]、[[山本圭子]]、[[三輪勝恵]]、[[小野坂昌也]]、[[龍田直樹]]、[[中友子]]など([[青二プロダクション]]所属者が多い)。
[[金光教放送センター]]が企画制作し、実際の番組の配信・製作は[[朝日放送]]([[ABCラジオ]])から行われている(その関係で朝日放送のアナウンサーが朗読を担当することがあった。)がラジオドラマは出演者の都合上東京の[[ニッポン放送]]スタジオ等で収録する場合が多い。
 
[[金光教放送センター]]が企画作し、実際の番組配信・作は[[朝日放送]]([[ABCラジオ]]。[[大阪府]])から行われている(その関係で朝日放送のアナウンサーが朗読を担当することがあった。)がラジオドラマは出演者の都合上東京の[[ニッポン放送]]([[東京都]])のスタジオ等で収録する場合が多い。
昭和28年から金光教はラジオ放送番組を作り始め、[[金光教主|教主]]や[[金光教教監|教監]]の挨拶や教話以外に、昭和34年の金光教立教百年の年には、放送劇「天地の如く」<ref>'''天地の如く'''(昭和34年7月5日から9月27日放送、全13話) 青木茂 作、声の出演 柳川清、日高久、稗田敦子、浜田彰男、阪脩。</ref>という教祖伝記ドラマを13回に渡って放送するなど、その当時からラジオドラマに力を入れていた。
異色なものとしては[[桂米朝]]が当時内弟子になって間もない[[桂枝雀 (2代目)|桂小米]]と[[大阪駅]]で[[金光臨|金光教の団体列車]]に遭遇し、その列車に間違って乗ってしまうというくだりで始まる金光教紹介なども作られ、当時の金光教本部のたたずまいが桂米朝の語りと録音構成で紹介されていた。<!-- これらの内容は金光図書館で閲覧貸し出し可能である。-->
 
==歴史==
本格的な放送番組の安定制作を行うため、昭和51年に大阪に金光教電波布教センター(後に金光教放送センターと改称)を設置、現在に至っている。
昭和28[[1953]]から金光教はラジオ放送番組を作り始め、[[金光教主|教主]]や[[金光教教監|教監]]の挨拶や教話以外に、昭和34[[1959]]の金光教立教百年の年には、放送劇「天地の如く」<ref>'''天地の如く'''(昭和34(1959年7月5日から9月27日放送、全13話) 青木茂 作、声の出演 柳川清、日高久、稗田敦子、浜田彰男、阪脩。</ref>という教祖伝記ドラマを13回に渡って放送するなど、その当時からラジオドラマに力を入れていた。
 
異色なものとしては[[桂米朝]]が当時内弟子になって間もない[[桂枝雀 (2代目)|桂小米]]と[[大阪駅]]で[[金光臨|金光教の団体列車]]に遭遇し、その列車に間違って乗ってしまうというくだりで始まる金光教紹介なども作られ、当時の金光教本部のたたずまいが桂米朝の語りと録音構成で紹介されていた。<!-- これらの内容は金光図書館で閲覧貸し出し可能である-->
 
本格的な放送番組の安定制作を行うため、昭和51[[1976]]に大阪に金光教電波布教センター(後に金光教放送センターと改称)を設置現在に至っている。
 
==放送時間==
9,365

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