「マウリッツ・エッシャー」の版間の差分

そういうことは松武秀樹に書いて下さい
(そういうことは松武秀樹に書いて下さい)
'''マウリッツ・コルネリス・エッシャー'''('''Maurits(Maurits Cornelis Escher''', [[1898年]][[6月17日]] - [[1972年]][[3月27日]])は[[木版画|ウッドカット]]、[[リトグラフ]]、[[メゾチント|メゾティント]]などの[[版画]]製作でよく知られた[[オランダ]]の[[画家]]([[版画家]])である。建築不可能な構造物や、無限を有限のなかに閉じ込めたもの、平面を次々と変化するパターンで埋め尽くしたもの、など非常に独創的な作品を作り上げた。
 
== 生い立ち ==
 
=== 船旅とアルハンブラ宮殿 ===
[[1924年]]には旅行先のイタリアで出会ったイエッタ・ウミカーと結婚し、[[1926年]]には長男ジョージが生まれ、[[ローマ]]に移り住んだ。[[1930年]]には風景画の最高傑作といわれる『カストロバルバ』を制作している。しかし[[1935年]]に長男[[イタリア少年国粋党]]の制服着用を義務づけられたことと、次男アーサーに[[結核]]の兆候が見つかったことから、一家は[[スイス]]に移り住んだ。
 
エッシャーはスイスの雪景色を好まず、雪景色に関する版画を一枚しか作成していないが、新しい環境は自分の内面を見つめなおす機会になった。単調な風景の中でエッシャーは次第に南の海に憬れるようになり、自分でスペイン南部にいたる船旅を計画、乗船代金のかわりに、旅の途中に作製する版画を受け取ってくれないかと船会社に提案した。当時のまだ全くの無名で、船会社がこの申し入れを聞き入れたのはむしろ幸運であった。このとき船賃として制作された48枚の版画には『幻窓』、『マルセイユ』、『貨物船』などが含まれていた。旅行中はスペインの[[グラナダ]]の[[アルハンブラ宮殿]]で、[[ムーア人]]の[[モザイク]]模様を見て深い感銘を受けた。この旅行のあと、後年の作品に多く見られることになる繰り返し模様の作品に挑戦しはじめた。ライオンに似た動物(エッシャーでも始めは不恰好な動物しか出来なかったのである)やこうもりで埋め尽くされた織物を作製して展覧会を開いたが、不成功に終わり、繰り返し模様の作品を一回断念する。
 
=== モザイク模様の研究 ===
 
=== エッシャー的世界の展開 ===
アルハンブラ宮殿の再訪以来、作風は一変する。それまでは風景画が作品の中心を占めていたが、数学的な趣向の強い、同じ時代のどんな種類の作家にも見られない特有な世界をつくりだす。[[ジグソーパズル]]のように平面を黒と白の模様で埋め尽くす手法を使い『メタモルフォーシスI』、『昼と夜』、『循環』などを制作した。しかし父親は彼の新しい作品を理解することなく亡くなる。[[1950年代]]に入るとアメリカの2つの雑誌に紹介され、急速にアメリカの若者の支持を得ていったが、エッシャー自身は受け入れられたのを距離を置いて見ていた。(作品が不可思議な世界を持っているからだろうか、[[麻薬]]を吸いながら絵を眺めるような若者もいた。また作中の植物が[[大麻]]ではないかと疑われたことすらあるが、もちろん何の関係もなかった)。1950年にオランダ紙幣のデザインに取り組んだが、その紙幣は発行されていない。やがて多くの[[地質学|地質学者]]と交流を持つようになり、[[1955年]]には[[ヒルフェルスム文化賞]]を受賞している。現在良く知られている作品『凸面と凹面』(1955年)、『物見の塔』(1958年)、『円の極限IV』(1960年)、『上昇と下降』(1960年)、『滝』(1961年)、などがこの時期次々と生み出された。
 
=== 不幸な晩年 ===
不可能な構造のなかには[[ペンローズの三角形]]や[[ネッカーの立方体]]なども含まれている。作品の多くは[[タイリング]](平面の正則分割、繰り返し模様)と呼ばれる平面を一定のパターンで覆うものである。
 
絵画の数学的な面は突然はじまったわけではなく、在学中にも平面の正則分割や球面鏡に関する作品を製作している事にも注目すべきだろう。またエッシャー自身は自分の絵に何か寓意がこめられていると思われることを嫌っている。自分は芸術は進歩するものではない、前の時代の画家が残してくれたものからスタートするものではない、作家が原点から出発して作品を作っていくのだと思っていた。作品が同時代のどの様な流れにも分類されないのは、そのような態度にも関係しているのかもしれない。
 
日本では[[長崎県]][[佐世保市]]の[[テーマパーク]][[ハウステンボス]]が、約180点にも及ぶ世界有数のコレクションを所有しているほか、彼の作品をモチーフにした[[3次元映像|3D]]アトラクション「ミステリアスエッシャー」がある。同テーマパーク内には『エッシャー通り』という通路も存在する。[[三重県立美術館]]にも3点の作品が所蔵されている。また「日本のエッシャー」の異名を持つグラフィックデザイナー[[福田繁雄]]は、「滝」などの不可能図形作品の立体化を行っている。
 
== 参考文献 ==
* 『エッシャーの宇宙』ブルーノ・エルンスト (著), 坂根 厳夫 (翻訳) 単行本(1983/01) 朝日新聞社出版局 ISBN 4022550880
<!-- エッシャーに関してさらに知りたい人には次のような本があります。-->
* 『エッシャーの宇宙』ブルーノ・エルンスト (著), 坂根 厳夫 (翻訳) 単行本(1983/01) 朝日新聞社出版局 ISBN 4022550880
*: エッシャーの作品をまとめた一冊。分量も丁度良く、エッシャーの友人の一人が書いている。
* 『M.C.エッシャー―その生涯と全作品集』J.L.ロッヘル, 坂根 厳夫 大型本 (1995/12) メルヘン社 ISBN 4943988164
*: エッシャーの図版が全てまとめてあり、エッシャーの詳細な生涯が分かる。
* 『無限を求めて―エッシャー、自作を語る』 朝日選書 M.C. エッシャー (著), その他 単行本(ソフトカバー) (1994/06) 朝日新聞 ISBN 4022596023
*: エッシャー自身が自作について語った資料で、内容は遠近法や繰り返し模様の説明にも及ぶ。
 
*『[[ゲーデル、エッシャー、バッハ]]』:[[ダグラス・ホフスタッター]]著
*[[トロンプ・ルイユ]]
*[[松武秀樹]]
**シンセサイザープログラマーで、[[シンセサイザー]]で作った音を一定上昇音を慣れした後、下降音を鳴らし音楽で階段を上り下りする感覚になる様に音を鳴らし続けると言う「謎の無限音階」を制作しようとして制作意図をレコード会社に説明する時に「エッシャーの絵に音楽が付けられる」と説明したと言うエピソードがある。つまり、音で錯覚(シェパード・トーン)を起こせる事を証明した。この「謎の無限音階」を聞いていた松武がプログラマーとして参加していた[[イエロー・マジック・オーケストラ|YMO]]によって同じ様なコンセプトの曲「LOOM/来たるべきもの」がアルバム「[[BGM (YMO)]]」に収録される。
 
== 外部リンク ==
* [http://www.mcescher.com/ M.C. エッシャーの公式サイト]
* [http://www.escherinhetpaleis.nl Museum Escher in the Palace'']
* [http://www.bridge1.com/lotsaescher.html LotsaEscher''] M.C. Escher をテーマにしたスクリーンセーバー([[Mac OS X]]、[[フリーウェア]])
 
[[Category{{DEFAULTSORT:版画家|えつしやあ まうりつつ]]}}
[[Category:オランダの画家|えつしやあ まうりつつ]]
[[Category:1898年生|えつしやあまうりつつオランダの画家]]
[[Category:19721898没|えつしやあまうりつつ]]
[[Category:1972年没]]
 
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