「アメリカ合衆国大統領選挙」の版間の差分

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この他、多くの州では、二大政党([[民主党_(アメリカ)|民主党]]と[[共和党_(アメリカ)|共和党]])以外の立候補に一定数の有権者による[[署名]]を必要としている。そのため、二大政党以外の候補者にとって立候補のハードルは高い。第三党の候補者は、署名が揃わず、一部の州でしか立候補できない事例が多い。
 
<br />[[2008年アメリカ合衆国大統領選挙]]の事例では、二大政党以外の候補者で全州で立候補できた者はなく、ほぼ全国規模で立候補したのは[[リバタリアン党 (アメリカ)|リバタリアン党]]の[[ボブ・バー]](47州)、[[無所属]]の[[ラルフ・ネーダー]](41州+[[ワシントンD.C.]])、[[アメリカ立憲党]]の[[チャック・ボールドウィン]](40州)、[[アメリカ緑の党]]の[[シンシア・マッキニー]](35州+ワシントンD.C.)となっている。
 
=== 選挙方法と最終決定 ===
有権者は一般投票日に大統領候補者に直接票を投じるが、この投票結果によりそのまま大統領が選任されるわけではなく、各州で他の候補者より1票でも多くの票を獲得した候補者がその候補者を支持している全選挙人、[[選挙人団]] (Electoral College) を獲得する。全州で獲得した選挙人の数を合計し、獲得総数が多い候補者が勝利する。
 
また、有権者が票を投じるのは「大統領候補および副大統領候補」に対してではなく、「大統領候補と副大統領候補がペアになった候補」に対してである。したがって大統領候補が当選すれば、その副大統領候補も大統領候補とまったく同じ得票で支持された「当選者」となる。このように、固有の職務をになう複数の候補が組み合わせとして単一投票の候補者となっていることを、[[チケット]] (ticket) という。通常、副大統領候補には大統領候補とは支持基盤・政策・キャラクターなどが異なる人物が選ばれ、大統領候補の弱点を補完することに努める。
 
各州から選出される選挙人の数は、その州の[[アメリカ合衆国上院|上院]]と[[アメリカ下院|下院]]の議員数に等しい人数と決められている。上院議員は各州から2名ずつ、下院議員は州の人口に基づいて決められる。人口は10年毎に行われる[[国勢調査]]のデータを使用する。カリフォルニア州から選出される下院議員が最多の53名であることから、選挙人の人数も最も多く55人となる。[[アラスカ州]]など下院議員の選出数の最も少ない州は3人の選挙人を選出することとなる。首都[[ワシントンD.C.]]は上下両院に議席を持たないが、3名の選挙人が選出される。
選挙人は、選ばれる前に予め約束した候補者に票を入れる義務は、憲法や連邦法レベルでは存在しない。州レベルではそのように義務づけているケースもある。
 
直接選挙を行った場合、人口の多い都市部に選挙活動が集中し、政策もその地域の有権者の意見を反映するものが選ばれることになり、人口密度の低い地域の有権者には不利になることが予想できる。これも現在のような制度が維持されている理由と考えられる。しかし、一般には建国当初の、各候補者の政見などの情報伝達も交通手段も著しく貧弱であった時代に発案された「信頼できる人を選んでみんなの代わりに[[首都]]に行って大統領を選んでもらおう」という旧習が、最大の国家行事といえるがゆえに改変されることなく生き残っていると考えるのが妥当であろう。また、ほとんどの州が選挙人の「勝者総取り方式 ("plurality voting system"または、"Winner takes all")」を採用していることを考えると、大統領は国民が選ぶというより州が選ぶといった色彩が強く、「大統領は、本来独立している諸州のまとめ役たる連邦行政府の長」という建国当時の思想を反映しているとも言える。その選挙人勝者総取り方式を採用するかでさえ、各州の独自の判断にまかされている。
 
また、有権者の投票数の比が直接反映される制度ではないため、総投票数の高い候補者が、選挙人団を介した選挙では選出されないことになる可能性がある。(→[[2000年アメリカ合衆国大統領選挙]])
 
=== 投票日 ===
有権者が大統領候補者に票を投じる「一般投票」は、4年ごとに11月の第1月曜日の翌日([[11月2日]] - [[11月8日|8日]]のうちの火曜日)に行われる。その後12月の第2水曜日の次の月曜日([[12月13日]] - [[12月19日|19日]]のうちの月曜日)に、各州で選挙人団が集会し「選挙人投票」が行われる<ref>この日は「選挙人投票」の他に、[[アメリカ合衆国上院|上院]]の定数1/3の議席(33議席以上)と[[アメリカ合衆国上院|下院]]の全議席(435議席)の改選、およびいくつかの州では州知事選挙も同時に行われる。</ref>。
 
大統領選挙人は、各州から上下両院議員と同数が選ばれる。ワシントンD.C.は上下両院に議席を持たないが、3名の選挙人が選出される。2004年の選挙では、選挙人数は538人。選挙人の配分方式は州によって異なるが、大半の州は一般投票での勝者が選挙人を独占する「勝者総取り方式」(plurality voting system; Winner takes all) を採用している。
 
現在ほとんどの一般投票有権者はあらかじめ投票先候補者を誓約している代議員団に対して投票する。そのため事実上、選挙人が投票する候補者は一般投票によって決まる<ref>[http://www.gsa.gov/Portal/gsa/ep/contentView.do?noc=T&contentType=GSA_BASIC&contentId=24780 1963年大統領継承法(英語)]は一般選挙の勝者として選挙運営者の確認を得た大統領候補を「次期大統領」([[:en:President-elect|President-elect]])と規定し、次期大統領としての活動のためのオフィスやスタッフの給与等を公費で賄うべきことを定めている。</ref>。しかし連邦法および合衆国憲法では選挙人が誓約に従って投票するよう義務付けているわけではなく(一部の州では州法によって義務付けている)、選挙人は一般投票と異なる候補者に投票することも可能である。ただし、選挙人が一般投票の結果とは異なった投票を行った例は数の上で極めて少なく、現在の選挙の慣行が形成されて以来、誓約に反した投票が当選者決定に影響を及ぼした例は無い。
 
=== 大統領選挙人の例外 ===
 
== 結果 ==
{| border="1" frame="box" rules="all" cellspacing="0" cellpadding="2"
|-bgcolor="#cccccc"
!年||大統領当選者||その他の主な立候補者*
|[[1792年アメリカ合衆国大統領選挙|1792]]||ジョージ・ワシントン||(対立候補なし)
|-
|[[1796年アメリカ合衆国大統領選挙|1796]]||[[ジョン・アダムズ]]([[連邦党]])||[[トーマス・ジェファーソン]]([[民主共和党]])
|-
|[[1800年アメリカ合衆国大統領選挙|1800]]||トーマス・ジェファーソン(民主共和党)||ジョン・アダムズ (連邦党)
|-
|[[1804年アメリカ合衆国大統領選挙|1804]]||トーマス・ジェファーソン(民主共和党)||[[チャールズ・C・ピンクニー]](連邦党)
|-
|[[1808年アメリカ合衆国大統領選挙|1808]]||[[ジェームズ・マディスン]](民主共和党)||チャールズ・C・ピンクニー(連邦党)
|-
|[[1812年アメリカ合衆国大統領選挙|1812]]||ジェームズ・マディスン(民主共和党)||[[デウィット・クリントン]](連邦党)
|-
|[[1816年アメリカ合衆国大統領選挙|1816]]||[[ジェームズ・モンロー]](民主共和党)||[[ルーファス・キング(連邦党員)|ルーファス・キング]](連邦党)
|-
|[[1820年アメリカ合衆国大統領選挙|1820]]||ジェームズ・モンロー(民主共和党)||(対立候補なし)
|-
|[[1824年アメリカ合衆国大統領選挙|1824]]||[[ジョン・クィンシー・アダムズ]]&Dagger; (民主共和党)||[[アンドリュー・ジャクソン]]&Dagger; (民主共和党)<br />[[ウィリアム・クロウフォード (政治家)|ウィリアム・クロウフォード]] (民主共和党)<br />[[ヘンリー・クレイ]] (民主共和党)
|-
|[[1828年アメリカ合衆国大統領選挙|1828]]||アンドリュー・ジャクソン([[民主党 (アメリカ)|民主党]])||ジョン・クィンシー・アダムズ([[国民共和党 (アメリカ)|国民共和党]])
|-
|[[1832年アメリカ合衆国大統領選挙|1832]]||アンドリュー・ジャクソン(民主党)||ヘンリー・クレイ(国民共和党)<br />[[ウィリアム・ワート (司法長官)|ウィリアム・ワート]]([[反メイソン党]])<br />[[ジョン・フロイド]]([[無効主義者]])
|-
|[[1836年アメリカ合衆国大統領選挙|1836]]||[[マーティン・ヴァン・ビューレン]](民主党)||[[ウィリアム・ハリソン]] ([[ホイッグ党 (アメリカ)|ホイッグ党]])<br />[[ヒュー・L・ホワイト]](ホイッグ党)<br />[[ダニエル・ウェブスター]](ホイッグ党)<br />[[ウィリー・P・マンガム]] (ホイッグ党員だが[[無効主義者]]の投票を受けた)
|-
|[[1840年アメリカ合衆国大統領選挙|1840]]||ウィリアム・ハリソン(ホイッグ党)||マーティン・ヴァン・ビューレン(民主党)<br />[[ジェームズ・G・バーニー]]([[アメリカ自由党]])
|-
|[[1844年アメリカ合衆国大統領選挙|1844]]||[[ジェームズ・ポーク]]&dagger;(民主党)||[[ヘンリー・クレイ]](ホイッグ党)<br />ジェームズ・G・バーニー(アメリカ自由党)
|-
|[[1848年アメリカ合衆国大統領選挙|1848]]||[[ザカリー・テイラー]](ホイッグ党)||[[ルイス・カス]] (民主党)<br />マーティン・ヴァン・ビューレン([[自由土地党]])
|-
|[[1852年アメリカ合衆国大統領選挙|1852]]||[[フランクリン・ピアース]] (民主党)||[[ウィンフィールド・スコット]](ホイッグ党)<br />[[ジョン・パーカー・ヘイル|ジョン・P・ヘイル]](自由土地党)
|-
|[[1856年アメリカ合衆国大統領選挙|1856]]||[[ジェームズ・ブキャナン]]&dagger; (民主党)||[[ジョン・C・フリーモント]]([[共和党 (アメリカ)|共和党]])<br />[[ミラード・フィルモア]]([[ノーナッシング党]]/ホイッグ党)
|-
|[[1860年アメリカ合衆国大統領選挙|1860]]||[[エイブラハム・リンカーン]]&dagger; (共和党)||[[スティーブン・ダグラス|スティーブン・A・ダグラス]] (民主党 (北部))))<br />[[ジョン・C・ブレッキニリッジ]](民主党 (南部))))<br />[[ジョン・ベル (陸軍長官)|ジョン・ベル]] ([[立憲連合党]])
|-
|[[1864年アメリカ合衆国大統領選挙|1864]]||エイブラハム・リンカーン(共和党)||[[ジョージ・マクレラン]](民主党)
|-
|[[1868年アメリカ合衆国大統領選挙|1868]]||[[ユリシーズ・S・グラント]](共和党)||[[ホレイショ・シーモア]](民主党)
|-
|[[1872年アメリカ合衆国大統領選挙|1872]]||ユリシーズ・S・グラント(共和党)||[[ホーレス・グリーリー]] (民主党/自由民主主義者)<br />[[トーマス・A・ヘンドリックス]](独立民主主義者)
|-
|[[1876年アメリカ合衆国大統領選挙|1876]]||[[ラザフォード・ヘイズ|ラザフォード・B・ヘイズ]]&Dagger;(共和党)||[[サミュエル・J・ティルデン]]&Dagger;(民主党)
|-
|[[1880年アメリカ合衆国大統領選挙|1880]]||[[ジェームズ・ガーフィールド]]&dagger;(共和党)||[[ウィンフィールド・スコット・ハンコック]](民主党)<br />[[ジェームズ・B・ウィーバー]]([[グリーンバック党]])
|-
|[[1884年アメリカ合衆国大統領選挙|1884]]||[[グロバー・クリーブランド]]&dagger;(民主党)||[[ジェームズ・G・ブライン]](共和党)
|-
|[[1888年アメリカ合衆国大統領選挙|1888]]||[[ベンジャミン・ハリソン]]&Dagger;(共和党)||[[グロバー・クリーブランド]]&Dagger;(民主党)<br />[[クリントン・B・フィスク]]([[アメリカ禁酒党]])
|-
|[[1892年アメリカ合衆国大統領選挙|1892]]||[[グロバー・クリーブランド]]&dagger; (民主党)||[[ベンジャミン・ハリソン]](共和党)<br />ジェームズ・B・ウィーバー([[アメリカ人民党]])<br />[[ジェームズ・ビッドウェル]]([[アメリカ禁酒党]])
|-
|[[1896年アメリカ合衆国大統領選挙|1896]]||[[ウィリアム・マッキンリー]](共和党)||[[ウィリアム・J・ブライアン]] (民主党/[[アメリカ人民党]])
|-
|[[1900年アメリカ合衆国大統領選挙|1900]]||ウィリアム・マッキンリー(共和党)||ウィリアム・J・ブライアン(民主党)<br />[[ジョン・G・ウリー]] ([[アメリカ禁酒党]])<br />[[ユージーン・V・デブス]] ([[アメリカ社会党]])
|-
|[[1904年アメリカ合衆国大統領選挙|1904]]||[[セオドア・ルーズベルト]](共和党)||[[アルトン・B・パーカー]] (民主党)<br />ユージーン・V・デブス(アメリカ社会党)<br />[[サイラス・C・スワロー]] ([[アメリカ禁酒党]])
|-
|[[1908年アメリカ合衆国大統領選挙|1908]]||[[ウィリアム・H・タフト]](共和党)||[[ウィリアム・J・ブライアン]] (民主党)<br />ユージーン・V・デブス(アメリカ社会党)<br />[[ユージーン・W・チャフィン]] (アメリカ禁酒党)
|-
|[[1912年アメリカ合衆国大統領選挙|1912]]||[[ウッドロウ・ウィルソン]]&dagger;(民主党)||[[セオドア・ルーズベルト]]([[進歩党 (アメリカ)|アメリカ進歩党]])<br />[[ウィリアム・H・タフト]](共和党)<br />ユージーン・V・デブス(アメリカ社会党)<br />ユージーン・W・チャフィン(アメリカ禁酒党)
|-
|[[1916年アメリカ合衆国大統領選挙|1916]]||ウッドロウ・ウィルソン&dagger; (民主党)</td><td>[[チャールズ・エヴァンズ・ヒューズ]](共和党)<br />[[アラン・L・ベンソン]] (アメリカ社会党)<br />[[フランク・ハンリー]] (アメリカ禁酒党)
|-
|[[1920年アメリカ合衆国大統領選挙|1920]]||[[ウオレン・G・ハーディング]](共和党)||[[ジェームズ・M・コックス]] (民主党)<br />[[ユージーン・V・デブス]] (アメリカ社会党)
|-
|[[1924年アメリカ合衆国大統領選挙|1924]]||[[カルビン・クーリッジ]](共和党)||[[ジョン・W・ディヴィス]] (民主党)<br />[[ロバート・M・ラフォレット・シニア|ロバート・M・ラ・フォレット]] (アメリカ進歩党/アメリカ社会党)
|-
|[[1928年アメリカ合衆国大統領選挙|1928]]||[[ハーバート・フーヴァー|ハーバート・C・フーヴァー]](共和党)||[[アル・スミス (ニューヨーク州知事)|アルフレッド・E・スミス]] (民主党)
|-
|[[1932年アメリカ合衆国大統領選挙|1932]]||[[フランクリン・ルーズベルト|フランクリン・D・ルーズベルト]] (民主党)||ハーバート・C・フーヴァー(共和党)<br />[[ノーマン・トーマス]] (社会主義者)
|-
|[[1936年アメリカ合衆国大統領選挙|1936]]||フランクリン・D・ルーズベルト(民主党)||[[アルフレッド・M・ランドン]](共和党)<br /> [[ウィリアム・F・レムケ]] ([[アメリカ連合党]])
|-
|[[1940年アメリカ合衆国大統領選挙|1940]]||フランクリン・D・ルーズベルト(民主党)||[[ウェンデル・L・ウィルキー]](共和党)
|-
|[[1944年アメリカ合衆国大統領選挙|1944]]||フランクリン・D・ルーズベルト(民主党)||[[トーマス・E・デューイ]](共和党)
|-
|[[1948年アメリカ合衆国大統領選挙|1948]]||[[ハリー・S・トルーマン]]&dagger; (民主党)||トーマス・E・デューイ(共和党)<br />[[ストローム・サーモンド]] ([[州権民主党]])<br />[[ヘンリー・A・ウォーレス|ヘンリー・ウォレス]] ([[アメリカ進歩党]])
|-
|[[1952年アメリカ合衆国大統領選挙|1952]]||[[ドワイト・D・アイゼンハワー]](共和党)||[[アドレー・スティーブンソン]](民主党)
|-
|[[1956年アメリカ合衆国大統領選挙|1956]]||ドワイト・D・アイゼンハワー(共和党)||アドレー・スティーブンソン(民主党)
|-
|[[1960年アメリカ合衆国大統領選挙|1960]]||[[ジョン・F・ケネディ]]&dagger; (民主党)||[[リチャード・ニクソン]](共和党)
|-
|[[1964年アメリカ合衆国大統領選挙|1964]]||[[リンドン・ジョンソン|リンドン・B・ジョンソン]](民主党)||
[[バリー・ゴールドウォーター]](共和党)
|-
|[[1968年アメリカ合衆国大統領選挙|1968]]||リチャード・ニクソン&dagger;(共和党)||[[ヒューバート・ハンフリー]](民主党)<br />[[ジョージ・ウォレス]]([[アメリカ独立党]])
|-
|[[1972年アメリカ合衆国大統領選挙|1972]]||リチャード・ニクソン(共和党)||[[ジョージ・マクガバン]](民主党)<br />[[ジョン・G・シュミッツ]]([[アメリカ独立党]])
|-
|[[1976年アメリカ合衆国大統領選挙|1976]]|||[[ジミー・カーター|ジェームズ・E・カーター]](民主党)||[[ジェラルド・R・フォード]](共和党)
|-
|[[1980年アメリカ合衆国大統領選挙|1980]]||[[ロナルド・レーガン]](共和党)||ジェームズ・E・カーター(民主党)<br />[[ジョン・バヤール・アンダーソン]](独立)<br />[[エドワード・E・クラーク]]([[アメリカ自由党]])
|-
|[[1984年アメリカ合衆国大統領選挙|1984]]||ロナルド・レーガン(共和党)||[[ウォルター・モンデール]](民主党)
|-
|[[1988年アメリカ合衆国大統領選挙|1988]]||[[ジョージ・H・W・ブッシュ]](共和党)||[[マイケル・デュカキス]](民主党)
|-
|[[1992年アメリカ合衆国大統領選挙|1992]]||[[ビル・クリントン]]&dagger;(民主党)||ジョージ・H・W・ブッシュ(共和党)<br />[[ロス・ペロー]](独立)
|-
|[[1996年アメリカ合衆国大統領選挙|1996]]||ビル・クリントン&dagger;(民主党)||[[ボブ・ドール]](共和党)<br />ロス・ペロー([[アメリカ改革党]])
|-
|[[2000年アメリカ合衆国大統領選挙|2000]]||[[ジョージ・ウォーカー・ブッシュ|ジョージ・W・ブッシュ]]&Dagger;(共和党)||[[アルバート・ゴア]]&Dagger;(民主党)<br />[[ラルフ・ネーダー]]([[アメリカ緑の党]])<br />[[パトリック・ブキャナン]] (アメリカ改革党)
|-
|[[2004年アメリカ合衆国大統領選挙|2004]]||ジョージ・W・ブッシュ(共和党)||[[ジョン・ケリー(]](民主党)<br />ラルフ・ネーダー(独立)
|-
|[[2008年アメリカ合衆国大統領選挙|2008]]||[[バラック・オバマ]](民主党)||[[ジョン・マケイン]](共和党)<br />ラルフ・ネーダー(独立)
|}
 
:&#42; 「その他の主な立候補者」は、1824年以降は一般投票総数の0.4%以上を得票した候補、1820年以前は5つ以上の選挙人投票を得た候補。
:†一般投票の50%未満の得票率で選出された大統領。
:‡一般投票において対立候補より得票が少なかった大統領と、その対立候補。
:'''注: '''[[ジョン・タイラー]]、ミラード・フィルモア、[[アンドリュー・ジョンソン]]、[[チェスター・A・アーサー]]およびジェラルド・フォードは選挙で選ばれなかった大統領(副大統領からの昇格)。うち、フォードは副大統領選挙を経ていない([[スピロ・アグニュー]]副大統領の辞職に伴う就任のため)。タイラーとジョンソンは、現職候補として再選に出馬しなかった。フィルモアは退任後の出馬(現職としての立候補ではない)。
 
== 投票数 ==
<!--
大統領選挙での投票数は近年減少している。1996年は最低だったが2000年はわずかに上昇した。投票者数が減少する一方、登録者数は増加している。選挙権取得年齢人口の登録率は1960年代の65%から政府の政策で1980年代には70%まで上昇し、1996年と2000年に75%まで増大した。しかしながら登録の増加にもかかわらず、投票者数は改善していない。
[ここの記載と以下の表の数値が整合しないようですので、いったんコメントアウトしておきます。]
-->
{| border="1" frame="box" rules="all" cellspacing="0" cellpadding="2"
|-bgcolor="#cccccc"
!年||有権者数 &sup1;||投票数||投票率
''出典'': [http://www.fec.gov/pages/htmlto5.htm 連邦選挙委員会]
 
&sup1; 米国国勢調査局の報告には、選挙権取得年齢人口に18歳以上の人口すべてを含むことが注目されるべきである。その数は非市民または重罪人といった投票不適格なかなりの数の人を含んでいるため有権者の実数は多少低くなる。1994年の非市民の数はおよそ1,300万人だった。また1996年には、重罪人が約130万人だった。したがって、選挙権取得年齢人口の約7-10%に投票資格がないと推測できる。
 
== 脚注 ==
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== 関連項目 ==
*[[アメリカ合衆国大統領]]
*[[アメリカ合衆国大統領予備選挙]]
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