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[[画像:Catedral_seu_d'urgell.jpg|thumb|ウルジェイ大聖堂(セウ・ドゥルジェイ)]]
'''ウルヘル司教'''(ウルヘルしきょう、[[カタルーニャ語]]:'''Bisbat d'Urgell''', [[スペイン語]]:'''Obispado de Urgell''')は、[[スペイン]]、[[カタルーニャ州]]の[[カトリック教会]][[ウルヘル]](カタルーニャ語:ウルジェイ)[[教区|司教区]]の[[司教]]。ウルヘル司教は、[[共和国大統領 (フランス)|フランス大統領]]とともに[[アンドラ|アンドラ公国]]の共同[[大公]]を務める。
 
ウルヘル司教区の[[司教座]]は、歴史的にアンドラを含むウルヘル全体の首府である[[ラ・セウ・ドゥルジェイ]](カタルーニャ語:Seu:Seu d'Urgell) / セオ・デ・ウルヘル(スペイン語:Seo:Seo de Urgel)に[[820年]]以来かれている。
 
セウ・ドゥルジェイは、カタルーニャ州[[リェイダ県]]北部に位置し、その北北東でアンドラに隣接する[[コマルカ]](県と市の間のレベルの自治体)、[[アール・トゥルジェイ]](カタルーニャ語:Alt Urgell, スペイン語:Alto Urgel)の中心となる町でもある。もっとも、seu「セウ」 / seo「セオ」は司教座聖堂(司教座)の意味であるから、ラ・セウ・ドゥルジェイ / セオ・デ・ウルヘルは、ウルヘル司教座そのものを意味する。したがって、この司教座の存立が、ウルヘル全体の首府としてのこの町の成立と軌を同じくしているといえる。
もっとも、seu「セウ」 / seo「セオ」は司教座聖堂(司教座)の意味であるから、ラ・セウ・ドゥルジェイ / セオ・デ・ウルヘルは、ウルヘル司教座そのものの意味。したがって、この司教座の存立が、ウルヘル全体の首府としてのこの町の成立と軌を同じくしているといえる。
 
アール・トゥルジェイは高地ウルヘルないし上ウルヘルの意味。ラ・セウ・ドゥルジェイは[[ピレネー山脈]]南麓に位置するアンドラを含むウルジェイ地方の宗教的中心地の一つとなる町である。
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[[Category:スペインの文化]]
[[Category:フランスの文化]]
[[Category:キリストに関連する人物]]
[[Category:カタルーニャ州]]
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