「古典古代」の版間の差分

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古典古代の終焉は、一般には[[西ローマ帝国|西ローマ]]が滅亡した[[476年]]とされ、これ以後の[[西ヨーロッパ|西ヨーロッパ世界]]では、ローマ帝国末期から次第に力を増してきた[[キリスト教]]と[[ゲルマン人]]の文化に支配されることになった。古典古代の文化的遺産は[[東ローマ帝国|東ローマ(ビザンツ)]]に継承され、[[8世紀]]以降は[[アラビア語]]への翻訳を通じて[[イスラーム世界]]に引き継がれた。ここで古典古代文化は[[哲学]]・[[自然科学]]の研究の面で独自の発達を遂げ、[[十字軍]]・[[レコンキスタ]]による西欧世界との接触・交流の開始により、再び西欧へと「逆輸入」されることになり、[[12世紀ルネサンス]]、([[14世紀]]以降の)[[ルネサンス|イタリア・ルネサンス]]の成立につながった。この結果、古典古代文化はキリスト教・ゲルマン人文化に加え現代にいたるヨーロッパ文化の基盤とみなされるに至っている。
 
なお、ヨーロッパ文化圏に限らずいかなる文化圏においても、その文化の基盤を構成する古い時代からの遺産は存在するのであって、そういう意味では、地中海ヨーロッパにおける古代のみを「古典古代」として特別扱いするのは西洋ヨーロッパ中心主義的であるともいえる。
 
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[[Category:時代区分]]
[[Category:古代史]]
[[Category:古代ギリシア]]