「古典古代」の版間の差分

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'''古典古代'''(こてんこだい / [[英語|英]]:Classical Antiquity)とは、[[ヨーロッパ史]](西洋史)において[[古代]][[古代ギリシア|ギリシア]]・[[古代ローマ|ローマ]]時代を指す名称である。この時代に生み出された文化・文明が現在の[[ヨーロッパ]]文化の基盤になっていることに由来し、「古典的」という修飾句を冠することで他の古代(文化・文明)と区別したものである。
 
古典古代の文化は、先行して繁栄していた古代[[オリエント]]の文化([[エジプト文明]]および[[メソポタミア]]文明)からの大きな影響([[文字]]や[[鉄器]]の使用など)を受けて成立し、[[地中海世界]](特にその北半分)を中心に発展した。この地域からは[[アレクサンドロス3世|アレクサンドロスの帝国]]および[[ローマ帝国]]が台頭し、オリエント世界をも統合する大帝国を現出した。言語的側面から見れば、古典古代文化は[[古代ギリシア語]]および[[ラテン語]]による文化であった。
 
古典古代の終焉は、一般には[[西ローマ帝国|西ローマ]]が滅亡した[[476年]]とされ、これ以後の[[西ヨーロッパ|西ヨーロッパ世界]]は、ローマ帝国末期から次第に力を増してきた[[キリスト教]]と[[ゲルマン人]]の文化に支配されることになった([[中世]]の始まり)。古典古代の文化的遺産は[[東ローマ帝国|東ローマ(ビザンツ)]]に継承され、[[8世紀]]以降は[[アラビア語]]への翻訳を通じて[[イスラーム世界]]に引き継がれた。ここで古典古代文化は[[哲学]]・[[自然科学]]の研究の面で独自の発達を遂げ、[[十字軍]]・[[レコンキスタ]]による西欧世界との接触・交流の開始により、再び西欧へと「逆輸入」されることになり、[[12世紀ルネサンス]]、([[14世紀]]以降の)[[ルネサンス|イタリア・ルネサンス]]の成立につながった。この結果、古典古代文化はキリスト教・ゲルマン人文化に加え現代にいたるヨーロッパ文化の基盤とみなされるに至っている。
 
なお、ヨーロッパ文化圏に限らずいかなる文化圏においても、その文化の基盤を構成する古い時代からの遺産は存在するのであって、そういう意味では、地中海ヨーロッパにおける古代のみを「古典古代」として特別扱いするのはヨーロッパ中心主義的であるともいえる。
 
==関連項目==
*[[暗黒時代]]
 
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