「稲垣潤一」の版間の差分

現在では自作曲もあるが、そのレパートリーは他の作詞・作曲家提供による楽曲がほとんどであり、これは1980年代、[[シンガーソングライター]]がもてはやされた時期にデビューしたソロミュージシャンとしては珍しく、その後もシングルのタイトル曲を自作ではリリースしていない。基本的に稲垣の作品には多彩な作家が参加しており、その作品群は文字通り、[[作曲家]]・[[編曲家]]の宝庫である。
 
「思い出のビーチクラブ」(1987年の[[カナダドライ]]・[[ジンジャーエール]][[コマーシャルソング|CMソング]])、「セブンティ・カラーズ・ガール」(1989年初春の[[クラシエホールディングス|カネボウ]]化粧品CMソング)、「APRIL」([[1986年]][[三洋電機]])に代表されるように、CMソングも好評で、現在もコンスタントにヒットを放つ。特にクリスマスをテーマにした「クリスマスキャロルの頃には」「メリークリスマスが言えない」などは、今やクリスマスの季節の定番曲と化している。
 
デビュー当初は、[[EMIミュージック・ジャパン|東芝EMI]]との契約だったが、後にファンハウス(現[[BMG JAPAN]])に移籍し、ファンハウスを傘下にする前のBMGビクター・BMGジャパンを、さらにテイチク傘下のコンチネンタル・レーベルを経て、やはり[[テイチクエンタテインメント]]傘下のインペリアルレコードに所属。2007年より、[[ユニバーサルミュージック (日本)|ユニバーサルミュージック]]・[[USM Japan]](現在は、[[ユニバーサル ストラテジック マーケティング ジャパン]])レーベルに移籍。なお、BMG時代のものを除き、Imperial Records時代までの楽曲の原盤権は[[フジパシフィック音楽出版]]が管理しており、2008年にUSM JAPANレーベルからファンハウス以前のアルバムが再発された際には、[[フジパシフィック音楽出版]]のライセンシーによりリリースされている。
 
硬派で知られ趣味は、ボクシング等のスポーツ観戦で、以前はA級ライセンスを取得して[[モータースポーツ|自動車レース]]に出場([[フォルクスワーゲン・ゴルフ]]の[[ワンメイク]]レースなど)したこともある。足腰を鍛えるため、愛車に強化[[クラッチ]]を取り付けていた。
 
映画『[[アイ・ラヴ・ユー (映画)|アイ・ラヴ・ユー]]』の音楽監修も務め、主題歌・挿入歌を担当している(挿入歌は、同じくテイチク(現・テイチクエンタテインメント)所属の[[SALAH]]も担当)。
*1991年11月19日、コンサートツアー「WILL」(in [[日本武道館]])が[[衛星放送]]([[WOWOW]])で生放送された。
 
*2001年、『[[SMAP×SMAP]]』で[[SMAP]]と共演。この年はメンバーの[[稲垣吾郎]]が謹慎中でメンバー4人での出演だったため、メンバーに名前を聞かれ、「'''稲垣です!'''」と答え、SMAPの名前だけは全て揃うこととなった。
 
*2006年には声優・[[長谷川杏里]]のデビューシングル「フラグメンツ・ブルー」の作曲を担当した。
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