「浅野和三郎」の版間の差分

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[[1928年]]、ロンドンで開かれた、第三回[[国際スピリチュアリスト会議]]に出席し、ロンドンで霊媒や降霊会を訪ねている。
 
浅野和三郎の妻、多慶子は三男の病気が治った翌年から、霊的な能力を見せ始め、1929年、次男の新樹の死をきっかけに霊言(トランス・トーク)を行うようになり、『新樹の通信』、『小桜姫物語』(ともに霊界見聞録等の内容)を出版した。
 
「心霊科学研究会」顧問及び「東京心霊科学協会」の理事であった浅野和三郎の次兄[[浅野正恭]](1867年 - 1954年)は元海軍中将であり、『日本精神の淵源―古事記生命の原理』の著作もある。
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