「イスラム主義」の版間の差分

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'''イスラーム主義'''(イスラームしゅぎ)は、[[イスラーム]]([[イスラム教]])の理念を[[社会]]において実現することを理想とし、行動目的として[[ムスリム]](イスラーム教徒)の[[国家]]を[[シャリーア]](イスラーム法)に基づいて運営される[[イスラム国家|イスラーム国家]]とすることを目指す、ムスリムによる政治運動、政治イデオロギーを指す分析概念である。日本語の「イスラム主義」は、[[英語]]の ''Islamism'' に対応し、「イスラーム復興主義」、「政治的イスラーム」といった語も用いられる。後述するように主として[[親イスラーム主義]]的学者が使用する用語で、そうでない学者は同様の現象に対し『[[イスラム原理主義|イスラーム原理主義]]』という用語を用いる場合が多い。
 
イスラーム国家としてあるべき体制から離脱したとされる政権に対する批判としてのイスラーム国家建設運動は歴史上いくつか例があるが、イスラーム主義という用語は、そのような運動の中でも特に[[近代]]における[[イスラーム復興]](いわゆるイスラーム原理主義)の潮流から発生した政治的運動を指して用いられる。
 
[[1970年代]]頃から世界的な宗教回帰の潮流や、あるいは[[イスラム世界|イスラーム世界]]における[[近代化]]の負の側面としての貧富の格差の拡大、(イスラム主義者が主張する所の)イスラームの理想とする価値観の後退といった現象に対する反発として、「イスラーム」を題目として行われた政治、社会、文化的な運動が広範にみられるようになるが、イスラーム主義はそれらの動きのうちの政治的なものとして興隆した。1970年代以来、実際にいくつかの国ではイスラーム主義はイスラーム国家の実現を目指す新政権の樹立を実現したが、多くの国々では政府による抑圧を受けた。[[1980年代]]後半に至って[[共産主義]]体制の崩壊による旧[[ソビエト連邦|ソ連]]圏のイスラーム世界への復帰、[[パレスチナ問題]]、[[ボスニア紛争]]の混迷や[[湾岸戦争]]による[[欧米]]勢力の[[中東]]への進出といった事象に触発されてイスラーム主義は全世界へ拡散し続けている。特に[[1990年代]]以降は、パレスチナ問題や湾岸戦争において最も顕著に見られたような、[[西洋]]主導の国際社会がムスリムの国々を抑圧していると反感を抱くイスラーム世界の不満を背景に西洋に対する強烈な反発を生み、[[反米]]運動としての様相も呈している。また他宗教に対する攻撃的態度でも知られている。
 
非イスラム圏を中心にイスラーム主義に該当するような政治運動を指して「[[イスラム原理主義|原理主義]]」という言葉が1980年代以来非常に広範に用いられ、日本でも[[マスコミ]]などを通じて定着している。しかしながら、親イスラム的な研究者の間では、そもそもイスラームに原理主義という概念を適用することに対しては問題があるという主張が展開され、また「原理主義」という言葉が、イスラーム主義の中でも特に先鋭的、戦闘的なグループを指す語として使われてきた事情があるために、かえってイスラーム主義の実態を見えにくくしている面があるという主張から、イスラーム原理主義という枠の安易な使用は彼等親イスラーム的学者の間では好まれない。しかしこれに対して批判的な研究者も多く、親イスラム的立場に立つか否かで使用する用語が異なるという事態になっている。又[[2001年]]の[[アメリカ同時多発テロ事件]]以降は、イスラーム主義運動に対する関心の高まりを反映し、「イスラーム復興」全体を指す概念としての「イスラーム原理主義」のうちから特にイスラーム主義運動の中の先鋭的、戦闘的なグループを選別して指す語として、「イスラーム原理主義過激派」という言葉が選択されることも増えている。
 
また、英語ではいわゆる「イスラーム原理主義過激派」を指す概念として ''Militant Islam'' という語が使われることがあり、対応する日本語として「戦闘的イスラーム」という語も見られる。[[中央アジア]]や[[カフカス]]などではイスラーム主義に対するレッテルとして[[ワッハーブ派]]が用いられることもあり、同様に英語ではしばしばワッハーブ派という括りが無批判に使用されるが、日本語では稀である。
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