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明治4年(1871年)1月18日、藩邸にて病没。享年58。直正が明治維新が始まってから間もなくに世を去ったことも、肥前勢力が中央で薩長閥に比べて相対的に小さくなった一因でもある。直正の残した人材は、[[樺太・千島交換条約]]、[[征韓論]]、[[佐賀の乱]]などで、直正の構想を十分に実現するまでには至らず終わったが、それでも日本が近代化していく中で極めて大きな役割を果たしていく事になった。[[島津斉彬]]に並びうる数少ない幕末期の名君である。
近年刊行の伝記は以下。
*杉谷昭『鍋島閑叟 蘭癖・佐賀藩主の幕末』([[中公新書]] 1992年)
== 関連項目 ==
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